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僧侶④
アンダーソンは奇妙な僧侶である。クオパティ法制院の一般的な僧侶像とはややかけ離れていて、定時の祈りと礼拝こそ欠かさないものの、口は悪いしともすれば僧侶としての信仰心が薄いのではないかとすら思われる言動の多い男だ。しかし僧侶兵としての指揮力や、戦闘時の判断は的確だった。ハンナにもそれはこの数週間彼の隊に配属されてよくわかっていた。
―第一私がまだ、生き残れているんですものね。
ハンナは戦闘で死んだ仲間の遺体を灰にして灰壺につめながら自嘲気味にそう思ったが、確かにこの圧倒的に不利な状況で戦い抜いてきて新米の自分が生き残り、隊にたった数人の死傷者しか出ていないのはアンダーソン司祭の指揮官としての能力の高さの賜物だった。
「ハンナ、デイルとマイルズの灰はできるだけ全部灰壺につめろ、せっかく持ち帰っても蘇生率が下がると意味がない。」
自身の爆傷の治療をしながらアンダーソンがハンナに尋ねた。再生の呪文で欠損した肉体は戻りつつあるが、やはり欠損した指や、完全な視力の回復には相当時間がかかるようだった。
「はい、気を付けます。」
「砂漠の王」の信者たちと戦闘になってから、死亡したのは先任僧侶のデイルと戦士のマイルズの二名である。最初の村での戦闘で死んだ彼らの遺体を、この古砦に運びこめたのは幸いだった。可能性は低いが、戦闘でたとえ死んだとしても死体やその肉体の灰を法制院に持ち帰れれば蘇生できるかもしれなかったからだ。
死体が新鮮であればあるほど、魔法による蘇生を行える可能性が高かったが、死後経過時間が36時間を超えたあたりで死体の蘇生率が急激にさがるということが知られていた。よって運搬の利便性からも死後長時間経った遺体は焼却剤で灰にしてしまい持ち運ぶのが、冒険者や遠隔地で戦う戦士達の通例になっていた。
「・・・・」
「どうした、ハンナ。無事に帰れるか不安か。」
沈痛な面持ちで彼らの灰壺を眺めるハンナにアンダーソンが問いかけた。
「心配するな。もしお前が死んでも、お前のデカ尻を一粒残らず灰にして俺が灰壺につめてやる。必ず持って帰ってやるから安心しろ。」
頼もしいのだか、そうでないのかアンダーソンの軽口をうけ、ハンナはため息をつきながらありがとうございます、といって仲間の灰を集める作業に戻った。そのとき、ふとハンナは爆発ではがれた聖堂の床の石畳の一角に、何か取っ手の様なものが隠れていることに気が付いた。
「?」
―なんだろう、これ。
それは鉄製の跳ね扉で、今まで石畳で隠されていたようだ。
「あの~…これ…なんか、床にドアがついてますけど。」
「なんだと?ギゾック、みてくれ。」
ポークルの野伏せを伴って調べさせると、跳ね扉の下には地下に続く階段が伸びていた。やっと人一人が通れるくらいの大きさである。
「隠し扉か?」
地上にハンナを残し、アンダーソンとギゾックが地下に降りていった。ほどなくして10メートル四方ほどのやや広い部屋にたどり着いた。部屋の中には一本の淡い色に光る魔法のポールが操作盤の様なものの中に埋もれていた。
「ギゾック、なんだかわかるか?」
アンダーソンのともした松明の魔法の光で、慎重にポールを観察していた野伏せが答える。
「確証はないが…どうやら転送装置のようだ。まて、座標指定目盛がある。アンダーソン、これはもしかしたら脱出用の転送ポールかもしれないぞ。」
城や砦には、必ずと言っていいほど有事の際に内部住民の脱出に使われる転送用のテレポーターポールが設置されていた。これは魔法の力で使用者を一瞬にして遠隔移動させる仕掛だった。まれに迷宮の中には罠の転送ポールも設置されていて、不幸にも使用したものを壁の中に埋め込んだり、水槽の中に沈めてしまうたちの悪いものも存在したが、隠されていたことからこれは本物の脱出用テレポーターに違いなかった。
「ハンナのお手柄だな。帰ったらご褒美に飴を買ってやれよ。」
にやにやとそういうギゾックに顔をしかめながら、アンダーソンは言った。
「だが何百年も前の魔法の仕掛けだ。機能するのか?」
「見たところ問題なく動いているようだぜ…こいつを使えばここから敵に気づかれず脱出できるかもしれんぞ。」
アンダーソンとしては危険の伴うポールの使用は避けたかったが、古砦を脱出する際の強力な選択肢が一つ増えたことは喜ばしかった。
「司祭、通信が回復しそうです!」
隠し通路の入口からハンナの声が聞こえた。アンダーソン達が急いで地下からもどってくると、通信官が本部との念話接続に成功した様子で、送念に集中していた。
「聖騎士団本部。こちら、第六十二戦術中隊、感明おくれ…」
通信官の横でアンダーソンがわめいた。
「畜生待ちわびたぞ、やっと通信が回復したか。こちらはチェイザス村近辺の古砦で山ほど敵に囲まれて籠城中だ、今すぐどっさり増援を送れと言え。」
「だめです。少なくとも常備僧兵を派遣するのに最低20時間かかるといっています。」
通信官が悲痛な声で本部からの返答を告げた。アンダーソンがかぶりをふる。
「莫迦か!そんなに待てない。別れたエルフの女房でもババアになっちまう、ふざけるな!」
「敵の数が多すぎて、大規模な増援でなければ送れないと言っています。」
アンダーソンはまだ視力の戻りきらない目をむいて、考え込んだ。
「…砦の東側に森がある。たしか手前が開けていたはずだ、そこに回収用のグリフォンライダーの部隊を向かわせろと言え。こちらの生存数は22人だ。」
「司祭、まさかこの砦を脱出するおつもりですか?」
2人の会話を聞いていたハンナが思わず割り込んだ。
「ほかに手があるか。このままここに籠城していても後半日も持たん。敵は装備も練度も高い武闘派の信者が2兆人もいるんだ。」
それにアンダーソンの見立てではやたら勘のいい指揮官がいるようだ。今まで常に裏をかかれ続けている。
「さっき以上のまとまった攻撃には持ちこたえられない、脱出しかない…それに脱出するアテはある。ハンナのおかげでな。」
きょとんとするハンナをよそにアンダーソンは念話文を通信官に告げた。しばらく黙想したのち、通信官が顔をあげた。
「夜明けを待ってグリフォンライダーが出動できるそうです。後2時間後に回収地点で合流です。」
「よし。皆を集めろ、脱出の準備だ。」
明りをともした聖堂の下の隠し部屋に集合し、アンダーソンの話を聞いた部下たちは、特に動揺をしたわけでもなく作戦を受け入れている様子だった。脱出用のポールに賭ける危険のある作戦だったが、部下の戦士達にはアンダーソンにたいする絶対的な信頼があるようで不服を述べるものはいなかった。
「今から隊を3つに分ける。カーマインの隊が先発、ガーウェインが後発だ、わかったな。…ガザン、歩けるか?」
「大丈夫です。おかげで傷もふさがりました、いけます。」
ガザンは胸に包帯を巻き付けてはいるものの、気丈にそう答えた。彼は正確に動く保証のないポールを最初に起動させるという危険な役目を担っていた。一命を取り留めた後にハンナに受けた手術の話を聞き、この最も勇気が必要な役目を自ら買って出たのだ。
「よし、いい返事だ。これで動けないのはディーダだけか。」
「わしがおぶります。なぁに、うちの女房より軽い。」
ドワーフの兵士がそう答え、アンダーソンは苦笑いを浮かべた。彼の女房はそれはそれは筋骨たくましい女ドワーフなのだ。
「最後に俺とハンナとギゾック、レジーが後詰だ。」
ギゾックが転送用のポールの目盛を慎重に調整した。一歩間違えば石壁の中という危険な装置だったが、うまくいけば東の森の方角へ転送されるはずだ。
「そろそろ時間だな。まずガザンからだ、うまく転送されたら合図の野笛を吹け、ギゾックが聞き取る。ギゾック、頼んだぞ。」
ポークルが頷いて、地上に出て行った。
「ガザン、気をつけていけ。」
「司祭とハンナに拾ってもらった命です、粗末にしません。」
ガザンはそう朗らかに笑い、ポールを起動した。
「アヴルールのご加護を…」
アンダーソンが珍しく祈りの文句を呟き、ポールに触れたガザンの体が淡い光に包まれて一瞬で上下に引き伸ばされるように掻き消えた。
「・・・・・」
転送が成功したかどうか、戦士たちの中に祈るような沈黙が流れ続けた。
「合図だ!!成功だぞ!!」
ほどなくして地上に続く階段からギゾックが駆け下りてきた。
「よし、行け。急ぐんだ。」
次々と転送機で移動していく戦士達を見送りながら、アンダーソンはまだ握力の十分に戻らない手に愛用の戦棍と神官盾を布でくくりつけていた。ワープした先で敵と戦闘になる可能性もあったからだ。
「あとは俺たちだけか…ハンナ、結び目を硬く縛ってくれ。用意ができたらレジーから飛べ。」
部屋に残っているのはアンダーソン、ハンナ、ギゾック、レイジンガーの四人だけになった。両手に武装を括り付けさせているアンダーソンを見て、レイジンガーが言った。
「アンダーソン司祭、前から言いたかった。あなたはこの隊を何度救ったかわからない。」
「どうした、レジー。気色悪いお世辞はよせ。」
アンダーソンは照れるように鼻で笑ってそういったが、ハンナも同じ思いだった。自分や隊の戦士たちがここまで生き残れたのはアンダーソンの指揮と僧侶の技によるところが大きいのは事実だ。
「いや、ずっとそう思っていました。あなたがいなかったら、この隊はおわりだってね。」
「なんだって。」
突然レイジンガーが剣を抜いて切りかかった。自身の武器をハンナに手に結び付けさせていたアンダーソンは彼女をかばうようにとっさに動き、背中を大きく切らせた。
「え…レジーさん?」
アンダーソンの返り血がばしゃりと顔にとんだ。何が起こったかわからない様子のハンナにレイジンガーが必殺の一撃を加えようとした。
―!?
しかしその動きをけん制するようにやや離れた位置にいたギゾックが投擲用の短剣を投げつけた。レイジンガーはそれを剣の柄で払い、野伏せに振り返った。
同時にギゾックの姿が空中に塗りこめられるようにして消えた。肉体を不可視とする盗賊の技、姿隠しだ。
それを見たレイジンガーは懐から小瓶をとり出し、中身を大きく周囲に振りまいた。すると、ギゾックの体が飛沫のかかった部分だけまだらに染まるようにして空中に出現した。狼狽する野伏せに一瞬で詰め寄って戦士は剛剣を振るった、ポークルの片手がやすやすと宙にまう。
「ぐあああ。」
「アンチ・ステルスポーションだよ。『邪教徒』の霊薬も馬鹿に出来んだろ?」
そういいながら、ギゾックの襟首をつかんだレイジンガーはずるずると彼の小さな体を転送機の近くまで引きずって行った。
「きゃああああああ。」
叫ぶことしかできないハンナの悲鳴を聞きながら、レイジンガーは片手で転送機の座標の目盛をめちゃくちゃに回し、ギゾックをポールに押しやった。
「にげっ…」
ポークルの野伏せが何か言おうとしたが、すぐ彼の姿はどこかに強制転送された。
「忌々しいポークルめ、石の中にでも埋まってろ…」
レイジンガーはひとつ大きく息をつき、自らの鎧に羽織ったマントからクオパティ聖教会のホーリーシンボルをむしり取って打ち捨てると、ハンナたちに向き直った。
「どっ…レジーさん、どうして。う、裏切ったんですか…?」
今目の前で起きたことが信じられないといった様子で、ハンナが呆然と言った。
「裏切りだと?違うね、私は元から我らが神『砂漠の王』に仕える敬虔な戦士だ。」
「邪教徒…!?」
「口を慎め、アヴルールの犬が!貴様らは神にこき使われるだけの盲目の哀れな奴隷だ。宇宙の真理を知らず、真実を知らず、犬らしくここで野垂れ死ね。」
邪教の戦士が白刃を光らせハンナに歩み寄り、大きく剣を振り上げた。
「下がれ、ハンナ!」
ハンナの膝に崩れ落ちるように倒れていたアンダーソンが飛び起きざまに盾を突き出してその一撃を防いだ。ハンナはやっと気を取り直し、アンダーソンの後ろに隠れながら杖を構えた。
「さすがはアンダーソン司祭。なかなかしぶとい。」
「ほんとに魅了や混乱の魔法にかかってるわけでもないらしいな…三年も俺たちをだましていたのか、レジー?」
油断なく盾と戦棍を構えて腰を落とし、邪教の戦士の前に立ちはだかったアンダーソンだったが、実際視力がまだ十分回復しておらず、今の一撃を防げたのもほとんど幸運だった。
「ガロムだ。エイケン=ガロム…わが父、ふるきもの、現世の神たる砂漠の王に賜った御名だ。貴様ら俗にまみれた偽神の信徒を欺くのはたやすかったぞ。」
エイケン=ガロムは「砂漠の王」の中心人物で、今回の任務の目的でもあり、今まで全く消息がつかめなかった謎の男だ。それもそのはずである、ガロムはまんまとクオパティ法制聖騎士団の一員として活動をしていたのだった。
「へえ…そうかい、見る目がなかったよ。俺の部下にしちゃあ、礼拝も熱心にやってる風で感心してたんだがな…裏でこっそりタコ神様を拝んでやがったなんてがっかりだぜ。よう、やっと会えたなタコ神司祭様よ。」
「砂漠の王」は一般に知られる限り、より合わさった軟体動物の触手のような狂気したたるおぞましい姿で表現される邪神だった。
「不敬なっ!!」
ガロムが叫んで切りかかった。アンダーソンは盾を突き出してその攻撃を受け止め、盾心でつくようにしてガロムを押し返した。
「ふっ―」
つづけてアンダーソンは全身の力を使って盾の上縁を突き出してガロムの顔面を襲った。相手はバックステップして躱そうとしたが、アンダーソンが足を踏みつけたせいでバランスを崩し、顔面に盾による強烈な一撃を受けた。
―!?
さらに戦棍でとどめを刺そうとしたアンダーソンだったが、目測が狂い、渾身の一撃は空を切った。
―アヴル・シット!こんな時くらい中ててくれよ、神様!
すぐさま体勢を立て直し反撃を開始したガロムに、アンダーソンは防戦一方に追い込まれていった。盾で防ぎもらした斬撃が徐々にクオパティの僧侶兵の体を刻んでいく。
「彼の者の傷を癒せ!癒しを!」
背後からハンナが回復魔法で援護した。アンダーソンの体につけられた傷が癒された。
「こしゃくなアヴルールの僧侶め…」
そう吐き捨て、ガロムが一層激しい斬撃を加えた。何度かハンナの回復魔法に助けられたがそれも一時しのぎにしかならなかった。ガロムはこの数年、隊で最も腕の立つ戦士として戦っていた男である。いかにアンダーソンといえども正面から戦って勝てる道理がなかった。激しい攻防の末、闇の司祭の強烈な一撃を受けてアンダーソンが膝をついた。背後のハンナもついに魔力が切れたのか、回復魔法を使えないでいるようだ。
「どうした、アンダーソン。『癒し殺し』のアンダーソン。立てよ、立って死ぬまで戦え。」
勝敗の決した戦いであるとみて、ガロムがその顔に残酷な笑みを浮かべた。
「司祭、に、逃げてくださいっ」
その時、ハンナがアンダーソンをかばうようにして前に出た。しかしどう見ても手負いのアンダーソンの半分の戦力にもなりそうもない。両手で必死に魔法杖を構える姿は、愛玩用に品種改良された小犬が震える姿に酷似していて悲壮を通り越して滑稽だった。
「こ…ここは、私が、なんとかしますっ」
「ははは、こいつは傑作だ。癒しの技しか能のないお前に一体何ができるんだ?アヴルールの僧侶の冗談で初めて笑えたぞ。」
ガロムが精いっぱい構えるハンナをみて声をあげて笑った。
―全くその通りだぜ。そいつは笑える冗談だ。
おりしもハンナに対してガロムと全く同じ感想を持っていたアンダーソンはハンナを押しのけて言った。
「ハンナ、どけ。もうやめだ。」
「え?」
アンダーソンは尻をついて座り、両手を前に放り出した。
「こいつには勝てない…俺たちは僧侶だ、癒しの技の専門家だ。魔術師でも戦士でもない、戦っても勝ち目はない。」
「そんな!アンダーソン司祭!!」
ハンナが叫んだ。アンダーソンがあきらめるなんて信じられなかった。
「ほう、観念したのか。ならば喜べ、苦しませて殺してやる…ん?」
ガロムは自らの体に回復魔法がかけられたのを感じた。先ほどアンダーソンにしたたかに打たれた顔の傷が治ってゆく。
「…どうした、アンダーソン。傷を治して命乞いか?だが残念だな。私がお前らけがらわしいアヴルールの信徒に温情をかけると思ったか?」
アンダーソンはかぶりをふって答える。
「いや…いつもできるだけ治してやることにしているんだ。少しでも苦しくないようにな。」
「何を言ってる。」
アンダーソンの言葉にガロムが眉をひそめた。
「俺が…『癒し殺し』のアンダーソンって言われている本当のわけを教えてやるよ。さよなら、レジー。」
一言だけ、静かにアンダーソンは呪文を唱えた
その聞きなれない呪文は詠唱の文句も神にささげる文言も必要とせず、原始の響きを以て言霊となり世界の法則に直接働きかけた。それはもう死に絶えた古代の言葉、癒しの極技を以て相手の肉体を滅ぼす古代僧侶魔法と呼ばれる呪文だった。ガロムにはその呪文に対する知識はなかったが、何かとてつもなく恐ろしいことがなされたという圧倒的な恐怖感があった。
「くそっ」
『砂漠の王』の司祭は剣を振り上げ…だかそこまでだった。自らの体に急速に異変が起きたのを感じて剣を取り落した。初めは、痒みだった。猛烈な痒みがガロムの全身を襲った。
「なんだぁぁぁ!?」
必死で革小手を外して手を見ると、赤い発疹がびっしりと浮かんでいた。あわてて触った顔にも同じように発疹が浮かんでいる手ごたえがあった。そしてみるみる発疹が大きくなって癒合していった。赤い斑点は今や皮膚全体を覆う赤い腫物となっていた。
「ひぃぃぃぃ、ひぃぃぃぃ。」
ずるり、と皮膚がずれるおぞましい感触がした。皮膚だけではない、内臓も筋肉も骨も、ガロムの体内のありとあらゆる組織にすさまじい勢いで腫瘍が発生し、それは瞬く間に赤色から紫色になり、そして黒く壊死して崩れ落ちていった。
「ご…ひゅ…ぜひゅー…」
とうとう増殖を続ける肉芽組織に気道の内腔を押しつぶされたガロムが、詰まって音の出ない笛のような声を出して膝をついた。そのまま床に崩れ落ちるが、肉体の異変は止まらない。
「…見るな、ハンナ。」
アンダーソンは唖然とするノームの僧侶の目線をそらさせたが、自らはガロムの肉体の変異を見守り続けた。べしゃべしゃと膨張した肉が自壊する音がして、ガロムが赤や緑や紫の色とりどりの肉塊となって絶命したのを見届けると、アンダーソンはそっと目を閉じた。
死地を乗り越えたアンダーソン達が、転送機を再設定し遠隔転送を行った先には隊員たちが待っていた。彼らの到着が遅いので見張りを立ててここまで戻ってきたのだ。
「司祭。なにがあったんですか。グリフォンライダー達がもう待てないとわめきっぱなしです。副隊長とギゾックは?」
「ああ…恐ろしくいろいろあったんだ。レジーとギゾックは来ない。回収地点に急ごう。」
訝しみながら駆け寄る部下にアンダーソンは言った。まったくなにもかもがクソッタレな任務だった。仲間を失い…二度と帰ってこないものもいる。死んで灰になった仲間も必ず復活するとは限らない、身を切られるような思いだった。
回収地点にはグリフォンライダーたちが待機していた。おどろおどろしいモンスターを模した飛行用ゴーグルをつけたエルフのライダーの1人が手を振りまわしながら言った。
「遅いぜ、アンダーソン。あんたらを残して行っちまうところだった。敵がすぐそこまで来ているんだ。さあ、早く乗れ、アヴルールのご加護を!飛ばしていくぞ!」
ハンナの肩を借りてグリフォンに乗りながら、アンダーソンは言った。
「よお、新米。ようこそ、僧侶の世界へ。」
「は…はい。」
そしておどおどと返事をしたノームの僧侶の娘に、少しさびしそうに付け加えた。
「帰ったら・・・ご褒美に飴を買ってやる。次も頼むぜ、ハンナ司祭。」
僧侶④
アンダーソンは奇妙な僧侶である。クオパティ法制院の一般的な僧侶像とはややかけ離れていて、定時の祈りと礼拝こそ欠かさないものの、口は悪いしともすれば僧侶としての信仰心が薄いのではないかとすら思われる言動の多い男だ。しかし僧侶兵としての指揮力や、戦闘時の判断は的確だった。ハンナにもそれはこの数週間彼の隊に配属されてよくわかっていた。
―第一私がまだ、生き残れているんですものね。
ハンナは戦闘で死んだ仲間の遺体を灰にして灰壺につめながら自嘲気味にそう思ったが、確かにこの圧倒的に不利な状況で戦い抜いてきて新米の自分が生き残り、隊にたった数人の死傷者しか出ていないのはアンダーソン司祭の指揮官としての能力の高さの賜物だった。
「ハンナ、デイルとマイルズの灰はできるだけ全部灰壺につめろ、せっかく持ち帰っても蘇生率が下がると意味がない。」
自身の爆傷の治療をしながらアンダーソンがハンナに尋ねた。再生の呪文で欠損した肉体は戻りつつあるが、やはり欠損した指や、完全な視力の回復には相当時間がかかるようだった。
「はい、気を付けます。」
「砂漠の王」の信者たちと戦闘になってから、死亡したのは先任僧侶のデイルと戦士のマイルズの二名である。最初の村での戦闘で死んだ彼らの遺体を、この古砦に運びこめたのは幸いだった。可能性は低いが、戦闘でたとえ死んだとしても死体やその肉体の灰を法制院に持ち帰れれば蘇生できるかもしれなかったからだ。
死体が新鮮であればあるほど、魔法による蘇生を行える可能性が高かったが、死後経過時間が36時間を超えたあたりで死体の蘇生率が急激にさがるということが知られていた。よって運搬の利便性からも死後長時間経った遺体は焼却剤で灰にしてしまい持ち運ぶのが、冒険者や遠隔地で戦う戦士達の通例になっていた。
「・・・・」
「どうした、ハンナ。無事に帰れるか不安か。」
沈痛な面持ちで彼らの灰壺を眺めるハンナにアンダーソンが問いかけた。
「心配するな。もしお前が死んでも、お前のデカ尻を一粒残らず灰にして俺が灰壺につめてやる。必ず持って帰ってやるから安心しろ。」
頼もしいのだか、そうでないのかアンダーソンの軽口をうけ、ハンナはため息をつきながらありがとうございます、といって仲間の灰を集める作業に戻った。そのとき、ふとハンナは爆発ではがれた聖堂の床の石畳の一角に、何か取っ手の様なものが隠れていることに気が付いた。
「?」
―なんだろう、これ。
それは鉄製の跳ね扉で、今まで石畳で隠されていたようだ。
「あの~…これ…なんか、床にドアがついてますけど。」
「なんだと?ギゾック、みてくれ。」
ポークルの野伏せを伴って調べさせると、跳ね扉の下には地下に続く階段が伸びていた。やっと人一人が通れるくらいの大きさである。
「隠し扉か?」
地上にハンナを残し、アンダーソンとギゾックが地下に降りていった。ほどなくして10メートル四方ほどのやや広い部屋にたどり着いた。部屋の中には一本の淡い色に光る魔法のポールが操作盤の様なものの中に埋もれていた。
「ギゾック、なんだかわかるか?」
アンダーソンのともした松明の魔法の光で、慎重にポールを観察していた野伏せが答える。
「確証はないが…どうやら転送装置のようだ。まて、座標指定目盛がある。アンダーソン、これはもしかしたら脱出用の転送ポールかもしれないぞ。」
城や砦には、必ずと言っていいほど有事の際に内部住民の脱出に使われる転送用のテレポーターポールが設置されていた。これは魔法の力で使用者を一瞬にして遠隔移動させる仕掛だった。まれに迷宮の中には罠の転送ポールも設置されていて、不幸にも使用したものを壁の中に埋め込んだり、水槽の中に沈めてしまうたちの悪いものも存在したが、隠されていたことからこれは本物の脱出用テレポーターに違いなかった。
「ハンナのお手柄だな。帰ったらご褒美に飴を買ってやれよ。」
にやにやとそういうギゾックに顔をしかめながら、アンダーソンは言った。
「だが何百年も前の魔法の仕掛けだ。機能するのか?」
「見たところ問題なく動いているようだぜ…こいつを使えばここから敵に気づかれず脱出できるかもしれんぞ。」
アンダーソンとしては危険の伴うポールの使用は避けたかったが、古砦を脱出する際の強力な選択肢が一つ増えたことは喜ばしかった。
「司祭、通信が回復しそうです!」
隠し通路の入口からハンナの声が聞こえた。アンダーソン達が急いで地下からもどってくると、通信官が本部との念話接続に成功した様子で、送念に集中していた。
「聖騎士団本部。こちら、第六十二戦術中隊、感明おくれ…」
通信官の横でアンダーソンがわめいた。
「畜生待ちわびたぞ、やっと通信が回復したか。こちらはチェイザス村近辺の古砦で山ほど敵に囲まれて籠城中だ、今すぐどっさり増援を送れと言え。」
「だめです。少なくとも常備僧兵を派遣するのに最低20時間かかるといっています。」
通信官が悲痛な声で本部からの返答を告げた。アンダーソンがかぶりをふる。
「莫迦か!そんなに待てない。別れたエルフの女房でもババアになっちまう、ふざけるな!」
「敵の数が多すぎて、大規模な増援でなければ送れないと言っています。」
アンダーソンはまだ視力の戻りきらない目をむいて、考え込んだ。
「…砦の東側に森がある。たしか手前が開けていたはずだ、そこに回収用のグリフォンライダーの部隊を向かわせろと言え。こちらの生存数は22人だ。」
「司祭、まさかこの砦を脱出するおつもりですか?」
2人の会話を聞いていたハンナが思わず割り込んだ。
「ほかに手があるか。このままここに籠城していても後半日も持たん。敵は装備も練度も高い武闘派の信者が2兆人もいるんだ。」
それにアンダーソンの見立てではやたら勘のいい指揮官がいるようだ。今まで常に裏をかかれ続けている。
「さっき以上のまとまった攻撃には持ちこたえられない、脱出しかない…それに脱出するアテはある。ハンナのおかげでな。」
きょとんとするハンナをよそにアンダーソンは念話文を通信官に告げた。しばらく黙想したのち、通信官が顔をあげた。
「夜明けを待ってグリフォンライダーが出動できるそうです。後2時間後に回収地点で合流です。」
「よし。皆を集めろ、脱出の準備だ。」
明りをともした聖堂の下の隠し部屋に集合し、アンダーソンの話を聞いた部下たちは、特に動揺をしたわけでもなく作戦を受け入れている様子だった。脱出用のポールに賭ける危険のある作戦だったが、部下の戦士達にはアンダーソンにたいする絶対的な信頼があるようで不服を述べるものはいなかった。
「今から隊を3つに分ける。カーマインの隊が先発、ガーウェインが後発だ、わかったな。…ガザン、歩けるか?」
「大丈夫です。おかげで傷もふさがりました、いけます。」
ガザンは胸に包帯を巻き付けてはいるものの、気丈にそう答えた。彼は正確に動く保証のないポールを最初に起動させるという危険な役目を担っていた。一命を取り留めた後にハンナに受けた手術の話を聞き、この最も勇気が必要な役目を自ら買って出たのだ。
「よし、いい返事だ。これで動けないのはディーダだけか。」
「わしがおぶります。なぁに、うちの女房より軽い。」
ドワーフの兵士がそう答え、アンダーソンは苦笑いを浮かべた。彼の女房はそれはそれは筋骨たくましい女ドワーフなのだ。
「最後に俺とハンナとギゾック、レジーが後詰だ。」
ギゾックが転送用のポールの目盛を慎重に調整した。一歩間違えば石壁の中という危険な装置だったが、うまくいけば東の森の方角へ転送されるはずだ。
「そろそろ時間だな。まずガザンからだ、うまく転送されたら合図の野笛を吹け、ギゾックが聞き取る。ギゾック、頼んだぞ。」
ポークルが頷いて、地上に出て行った。
「ガザン、気をつけていけ。」
「司祭とハンナに拾ってもらった命です、粗末にしません。」
ガザンはそう朗らかに笑い、ポールを起動した。
「アヴルールのご加護を…」
アンダーソンが珍しく祈りの文句を呟き、ポールに触れたガザンの体が淡い光に包まれて一瞬で上下に引き伸ばされるように掻き消えた。
「・・・・・」
転送が成功したかどうか、戦士たちの中に祈るような沈黙が流れ続けた。
「合図だ!!成功だぞ!!」
ほどなくして地上に続く階段からギゾックが駆け下りてきた。
「よし、行け。急ぐんだ。」
次々と転送機で移動していく戦士達を見送りながら、アンダーソンはまだ握力の十分に戻らない手に愛用の戦棍と神官盾を布でくくりつけていた。ワープした先で敵と戦闘になる可能性もあったからだ。
「あとは俺たちだけか…ハンナ、結び目を硬く縛ってくれ。用意ができたらレジーから飛べ。」
部屋に残っているのはアンダーソン、ハンナ、ギゾック、レイジンガーの四人だけになった。両手に武装を括り付けさせているアンダーソンを見て、レイジンガーが言った。
「アンダーソン司祭、前から言いたかった。あなたはこの隊を何度救ったかわからない。」
「どうした、レジー。気色悪いお世辞はよせ。」
アンダーソンは照れるように鼻で笑ってそういったが、ハンナも同じ思いだった。自分や隊の戦士たちがここまで生き残れたのはアンダーソンの指揮と僧侶の技によるところが大きいのは事実だ。
「いや、ずっとそう思っていました。あなたがいなかったら、この隊はおわりだってね。」
「なんだって。」
突然レイジンガーが剣を抜いて切りかかった。自身の武器をハンナに手に結び付けさせていたアンダーソンは彼女をかばうようにとっさに動き、背中を大きく切らせた。
「え…レジーさん?」
アンダーソンの返り血がばしゃりと顔にとんだ。何が起こったかわからない様子のハンナにレイジンガーが必殺の一撃を加えようとした。
―!?
しかしその動きをけん制するようにやや離れた位置にいたギゾックが投擲用の短剣を投げつけた。レイジンガーはそれを剣の柄で払い、野伏せに振り返った。
同時にギゾックの姿が空中に塗りこめられるようにして消えた。肉体を不可視とする盗賊の技、姿隠しだ。
それを見たレイジンガーは懐から小瓶をとり出し、中身を大きく周囲に振りまいた。すると、ギゾックの体が飛沫のかかった部分だけまだらに染まるようにして空中に出現した。狼狽する野伏せに一瞬で詰め寄って戦士は剛剣を振るった、ポークルの片手がやすやすと宙にまう。
「ぐあああ。」
「アンチ・ステルスポーションだよ。『邪教徒』の霊薬も馬鹿に出来んだろ?」
そういいながら、ギゾックの襟首をつかんだレイジンガーはずるずると彼の小さな体を転送機の近くまで引きずって行った。
「きゃああああああ。」
叫ぶことしかできないハンナの悲鳴を聞きながら、レイジンガーは片手で転送機の座標の目盛をめちゃくちゃに回し、ギゾックをポールに押しやった。
「にげっ…」
ポークルの野伏せが何か言おうとしたが、すぐ彼の姿はどこかに強制転送された。
「忌々しいポークルめ、石の中にでも埋まってろ…」
レイジンガーはひとつ大きく息をつき、自らの鎧に羽織ったマントからクオパティ聖教会のホーリーシンボルをむしり取って打ち捨てると、ハンナたちに向き直った。
「どっ…レジーさん、どうして。う、裏切ったんですか…?」
今目の前で起きたことが信じられないといった様子で、ハンナが呆然と言った。
「裏切りだと?違うね、私は元から我らが神『砂漠の王』に仕える敬虔な戦士だ。」
「邪教徒…!?」
「口を慎め、アヴルールの犬が!貴様らは神にこき使われるだけの盲目の哀れな奴隷だ。宇宙の真理を知らず、真実を知らず、犬らしくここで野垂れ死ね。」
邪教の戦士が白刃を光らせハンナに歩み寄り、大きく剣を振り上げた。
「下がれ、ハンナ!」
ハンナの膝に崩れ落ちるように倒れていたアンダーソンが飛び起きざまに盾を突き出してその一撃を防いだ。ハンナはやっと気を取り直し、アンダーソンの後ろに隠れながら杖を構えた。
「さすがはアンダーソン司祭。なかなかしぶとい。」
「ほんとに魅了や混乱の魔法にかかってるわけでもないらしいな…三年も俺たちをだましていたのか、レジー?」
油断なく盾と戦棍を構えて腰を落とし、邪教の戦士の前に立ちはだかったアンダーソンだったが、実際視力がまだ十分回復しておらず、今の一撃を防げたのもほとんど幸運だった。
「ガロムだ。エイケン=ガロム…わが父、ふるきもの、現世の神たる砂漠の王に賜った御名だ。貴様ら俗にまみれた偽神の信徒を欺くのはたやすかったぞ。」
エイケン=ガロムは「砂漠の王」の中心人物で、今回の任務の目的でもあり、今まで全く消息がつかめなかった謎の男だ。それもそのはずである、ガロムはまんまとクオパティ法制聖騎士団の一員として活動をしていたのだった。
「へえ…そうかい、見る目がなかったよ。俺の部下にしちゃあ、礼拝も熱心にやってる風で感心してたんだがな…裏でこっそりタコ神様を拝んでやがったなんてがっかりだぜ。よう、やっと会えたなタコ神司祭様よ。」
「砂漠の王」は一般に知られる限り、より合わさった軟体動物の触手のような狂気したたるおぞましい姿で表現される邪神だった。
「不敬なっ!!」
ガロムが叫んで切りかかった。アンダーソンは盾を突き出してその攻撃を受け止め、盾心でつくようにしてガロムを押し返した。
「ふっ―」
つづけてアンダーソンは全身の力を使って盾の上縁を突き出してガロムの顔面を襲った。相手はバックステップして躱そうとしたが、アンダーソンが足を踏みつけたせいでバランスを崩し、顔面に盾による強烈な一撃を受けた。
―!?
さらに戦棍でとどめを刺そうとしたアンダーソンだったが、目測が狂い、渾身の一撃は空を切った。
―アヴル・シット!こんな時くらい中ててくれよ、神様!
すぐさま体勢を立て直し反撃を開始したガロムに、アンダーソンは防戦一方に追い込まれていった。盾で防ぎもらした斬撃が徐々にクオパティの僧侶兵の体を刻んでいく。
「彼の者の傷を癒せ!癒しを!」
背後からハンナが回復魔法で援護した。アンダーソンの体につけられた傷が癒された。
「こしゃくなアヴルールの僧侶め…」
そう吐き捨て、ガロムが一層激しい斬撃を加えた。何度かハンナの回復魔法に助けられたがそれも一時しのぎにしかならなかった。ガロムはこの数年、隊で最も腕の立つ戦士として戦っていた男である。いかにアンダーソンといえども正面から戦って勝てる道理がなかった。激しい攻防の末、闇の司祭の強烈な一撃を受けてアンダーソンが膝をついた。背後のハンナもついに魔力が切れたのか、回復魔法を使えないでいるようだ。
「どうした、アンダーソン。『癒し殺し』のアンダーソン。立てよ、立って死ぬまで戦え。」
勝敗の決した戦いであるとみて、ガロムがその顔に残酷な笑みを浮かべた。
「司祭、に、逃げてくださいっ」
その時、ハンナがアンダーソンをかばうようにして前に出た。しかしどう見ても手負いのアンダーソンの半分の戦力にもなりそうもない。両手で必死に魔法杖を構える姿は、愛玩用に品種改良された小犬が震える姿に酷似していて悲壮を通り越して滑稽だった。
「こ…ここは、私が、なんとかしますっ」
「ははは、こいつは傑作だ。癒しの技しか能のないお前に一体何ができるんだ?アヴルールの僧侶の冗談で初めて笑えたぞ。」
ガロムが精いっぱい構えるハンナをみて声をあげて笑った。
―全くその通りだぜ。そいつは笑える冗談だ。
おりしもハンナに対してガロムと全く同じ感想を持っていたアンダーソンはハンナを押しのけて言った。
「ハンナ、どけ。もうやめだ。」
「え?」
アンダーソンは尻をついて座り、両手を前に放り出した。
「こいつには勝てない…俺たちは僧侶だ、癒しの技の専門家だ。魔術師でも戦士でもない、戦っても勝ち目はない。」
「そんな!アンダーソン司祭!!」
ハンナが叫んだ。アンダーソンがあきらめるなんて信じられなかった。
「ほう、観念したのか。ならば喜べ、苦しませて殺してやる…ん?」
ガロムは自らの体に回復魔法がかけられたのを感じた。先ほどアンダーソンにしたたかに打たれた顔の傷が治ってゆく。
「…どうした、アンダーソン。傷を治して命乞いか?だが残念だな。私がお前らけがらわしいアヴルールの信徒に温情をかけると思ったか?」
アンダーソンはかぶりをふって答える。
「いや…いつもできるだけ治してやることにしているんだ。少しでも苦しくないようにな。」
「何を言ってる。」
アンダーソンの言葉にガロムが眉をひそめた。
「俺が…『癒し殺し』のアンダーソンって言われている本当のわけを教えてやるよ。さよなら、レジー。」
一言だけ、静かにアンダーソンは呪文を唱えた
「BA・DIOS」
「くそっ」
『砂漠の王』の司祭は剣を振り上げ…だかそこまでだった。自らの体に急速に異変が起きたのを感じて剣を取り落した。初めは、痒みだった。猛烈な痒みがガロムの全身を襲った。
「なんだぁぁぁ!?」
必死で革小手を外して手を見ると、赤い発疹がびっしりと浮かんでいた。あわてて触った顔にも同じように発疹が浮かんでいる手ごたえがあった。そしてみるみる発疹が大きくなって癒合していった。赤い斑点は今や皮膚全体を覆う赤い腫物となっていた。
「ひぃぃぃぃ、ひぃぃぃぃ。」
ずるり、と皮膚がずれるおぞましい感触がした。皮膚だけではない、内臓も筋肉も骨も、ガロムの体内のありとあらゆる組織にすさまじい勢いで腫瘍が発生し、それは瞬く間に赤色から紫色になり、そして黒く壊死して崩れ落ちていった。
「ご…ひゅ…ぜひゅー…」
とうとう増殖を続ける肉芽組織に気道の内腔を押しつぶされたガロムが、詰まって音の出ない笛のような声を出して膝をついた。そのまま床に崩れ落ちるが、肉体の異変は止まらない。
「…見るな、ハンナ。」
アンダーソンは唖然とするノームの僧侶の目線をそらさせたが、自らはガロムの肉体の変異を見守り続けた。べしゃべしゃと膨張した肉が自壊する音がして、ガロムが赤や緑や紫の色とりどりの肉塊となって絶命したのを見届けると、アンダーソンはそっと目を閉じた。
死地を乗り越えたアンダーソン達が、転送機を再設定し遠隔転送を行った先には隊員たちが待っていた。彼らの到着が遅いので見張りを立ててここまで戻ってきたのだ。
「司祭。なにがあったんですか。グリフォンライダー達がもう待てないとわめきっぱなしです。副隊長とギゾックは?」
「ああ…恐ろしくいろいろあったんだ。レジーとギゾックは来ない。回収地点に急ごう。」
訝しみながら駆け寄る部下にアンダーソンは言った。まったくなにもかもがクソッタレな任務だった。仲間を失い…二度と帰ってこないものもいる。死んで灰になった仲間も必ず復活するとは限らない、身を切られるような思いだった。
回収地点にはグリフォンライダーたちが待機していた。おどろおどろしいモンスターを模した飛行用ゴーグルをつけたエルフのライダーの1人が手を振りまわしながら言った。
「遅いぜ、アンダーソン。あんたらを残して行っちまうところだった。敵がすぐそこまで来ているんだ。さあ、早く乗れ、アヴルールのご加護を!飛ばしていくぞ!」
ハンナの肩を借りてグリフォンに乗りながら、アンダーソンは言った。
「よお、新米。ようこそ、僧侶の世界へ。」
「は…はい。」
そしておどおどと返事をしたノームの僧侶の娘に、少しさびしそうに付け加えた。
「帰ったら・・・ご褒美に飴を買ってやる。次も頼むぜ、ハンナ司祭。」
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無題
NPCさん>いやギゾックが牽制したからハンナ殺されなかったしね…すごく役に立って…ちょっとカッコイイ死に方じゃない?w【僧侶】も最後まで読んでくださってありがとうございました。とっても嬉しいです。
matildaさん>こいつ行間を読みやがって・・・ドワーフ女のモデルは要するに…その、アレです。最後長くなっちゃたけど読んでくださって感謝です!次は戦士か魔術師の話だな・・・
matildaさん>こいつ行間を読みやがって・・・ドワーフ女のモデルは要するに…その、アレです。最後長くなっちゃたけど読んでくださって感謝です!次は戦士か魔術師の話だな・・・
僧侶編完結
おめでとうございます&お疲れ様でした!
イチオシのハンナが無事生還出来て一安心ですw
そしてこの日からハンナは杖を捨てて『鈍器、鈍器』と言うようになるんだね・・・w
アンダーソン司祭がエンシェントマジックを使えるなんて・・・。驚きの展開と迫力ある戦いのシーンですごく楽しかったよ!
魔法使い編と戦士編をまた楽しみにしています!
・・・やっぱノームはデカ尻なんだねw
それとダミーの小説はポークルが最後に不幸になるんだねw次は幸せが訪れますように・・・。
イチオシのハンナが無事生還出来て一安心ですw
そしてこの日からハンナは杖を捨てて『鈍器、鈍器』と言うようになるんだね・・・w
アンダーソン司祭がエンシェントマジックを使えるなんて・・・。驚きの展開と迫力ある戦いのシーンですごく楽しかったよ!
魔法使い編と戦士編をまた楽しみにしています!
・・・やっぱノームはデカ尻なんだねw
それとダミーの小説はポークルが最後に不幸になるんだねw次は幸せが訪れますように・・・。
無題
たまさん>またまた最後まで読んでくださってありがとうございました!ほんとに長くなってごめんね。ハンナちゃんはこののちドンキスキーになるのでしょうか?イメージとしてはアンダーソンがPRI鎧に身を包んで鈍器もって戦う僧侶なのに対して、ハンナはローブ着て杖もって回復魔法に特化した僧侶って思ってましたが、それもいいかもしれませんねw
小説内ではポークルは虐殺します。それ以外も殺しまくります。穿刺と魔術師も折を見て掲載したいと思います。
小説内ではポークルは虐殺します。それ以外も殺しまくります。穿刺と魔術師も折を見て掲載したいと思います。
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