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これまでの小説まとめ

前回 【戦士】③前編はこちら

次回 【戦士】③後編はこちら
 
 
 


拍手[5回]






*******************************************

   ガスとビジョンがエドワナ村に就いたのはその晩、日もとっくり落ちて、フクロウの鳴く声が近くの森にこだまする時刻だ。

 

 エドワナ村は『灯台の街』郊外にある小さな農村で、やれ家(・・・)ばかりが目につく、一般的な寒村だった。細々と畑を耕し、収穫したものを街で売る。ディメント王国にそれこそ何百とある変哲のない村だ。

 

 ビジョンの案内で、ガスはその中の村のはずれにある小さな僧院を訪れた。寂しい村のまた人気の少ない藪の近くにあり、貧しいがよく手入れされた畑と庭が見えた。自給自足を旨とするクオパティ僧会の教えをよく守っているのだろう。奥のささやかな母屋兼礼拝堂の戸を叩いて、来訪の意を示す。3回のノック、その後に2回のノック。ディメント王国ではその場所を初めて訪れる客が叩く扉の作法だった。

 

「はい……このような夜更けに、いかがなさいましたでしょうか。」

 

 戸を開けたのは中年の華奢な体つきの尼だった。若いころはさぞ美しかったであろう、と思わせる端々のつくりが、彼女をいまだ若々しく見せていた。

 

「ヴィ……ガス=ペーパドリックと申します。アフレア司祭とは貴女の事でしょうか、少々お話をお聞きしたいことがございまして、まかり越しました。」

 

「は、はぁ」

 

 剣を帯びて、いかにも鍛えられた戦士然としたガスの佇まいに、女は明らかに困惑の色を見せた。

 

「私は元マクガット家に仕えた戦士です。十四年前、ここにバッツという女性が子を預けたはずです、その子についてお話をお聞かせ願えませんでしょうか。」

 

 瞬間、アフレアの表情が困惑から驚愕のそれに代わり、反射的に扉をしめようとしたが、ガスの腕が一瞬早く戸口に割り込んだ。

 

「手、手をお放し下さい。ここはアヴルールの定めた僧侶の家、そちらにいかなる理由がおありか存じ上げませんが、お通しするわけにはまいりません。」

 

 必死に追い返そうとするが、ガスも引き下がらない。

 

「御無礼を承知でお願い申し上げます。わたしはここを探し出すのに5年の歳月をかけました。どうかお話をお聞かせ願いたい。」

 

 有無を言わさぬ迫力である。尼僧は観念したように扉を開いてガスたちを中に招き入れた。

 

「不作法、ご容赦あれ。」

 

 そう、断って一礼するとガスは聖堂の中に足を踏み入れる。

 

修道女(シスター)、どうかしたのですか?」

 

 その時、礼拝堂の二階から一人の少女が下りてきた。煌めくような橙味がかった金の髪と美しい青い瞳が印象的だった、青い修道着に身を包み、農村の娘らしく肌は日に焼けてはいるが、まるで天使のようなたたずまいだ。

 

「女…」

 

 思わずガスはそう呟いて尼僧を振り返った。尼僧はうつむいてどうぞ、とガスたちをテーブルにいざなった。

 

「アフレア、この方たちは?」

 

 少女が尼僧アフレアに向かってそう尋ねた。警戒してはいたが、戸惑いや怯えの色は見せない。気の強い性格らしかった。

 

「ナティル、この方たちはね……」

 

 アフレアが言いよどみかけて、ガスがそれを補足した。

 

「アフレア司祭の古い友人です。ナティルさん。私はガス、連れはビジョンと申します。」

 

 ナティルと呼ばれた少女は、しばらくまっすぐガスを見つめていた。彼女の清い光を湛えた瞳に見つめられると、並の大人なら思わず目を反らしたくなるような気持ちになるだろう、それほど冒し難い気品を感じさせた。

 

ガスが一瞬ナティルに見とれていると、彼女はおもむろに言った。

 

「アフレア、この方々は家に入れるべきではありません。」

 

「これ、ナティルッ……」

 

 アフレアがおろおろとナティルとガス達を交互に見る。ガスもさすがに面喰ってきょとんとしたままナティルの陶器人形のような整った顔を見つめ返さざるを得なかった。

 

「あなた方はいかなる貴人か存じ上げませんが、他人の家の鴨居を潜るときまで腰には剣を下げ、外套は脱がず、かかとの泥を落とそうとはしていない。「いかなるものも、他人の戸口を潜り、敷居をまたぐときは靴の泥を落とさなければならない」とのクオパティの教えすらご存知ないようですね。ましてやここはクオパティの教会神殿。旧知の間柄とはいえアフレア司祭がお話しすることは何もございません。お引き取り下さい。」

 

 よどみなくそう言い放つと、ガスの顔を正面から見つめ返し、ナティルは身じろぎもしなかった。ガスは何と言ってよいやら困ってビジョンを見やったが、陰気なシノビは何も答えない、こういう時におよそ役にたつような性格ではないのだ。

 

「言っていることがお分かりになりませんか?訪問する家の主人にさえ敬意を払えないような人たちは、客として遇するに能わない、と言っているのです、さあお帰り下さい。」

 

 ガスは、困惑し、眉根を寄せ、そしてそのまま口の端が笑みに歪むのを抑えることができなかった。思わず瞳がじわりとにじみ出た何かで緩むのすら感じる、おそらく生まれてこの方一度も見せたことのない表情になっていることだろう。いま、目の前にいるのは懐かしい主君の面影を、しっかりと魂に宿した一人の少女だ。年齢も性別も、育った環境も違うだろうに。それどころか実の父であろう人物とはあったこともないはずである。しかし遺君の強い、凛とした魂の響きを彼女にしかと感じ取って、国を失った王城戦士は落涙をこらえるのに必死だった。

 

「…?」

 

いかつい髭の戦士のその表情に、さすがにナティルが訝しむようなそぶりを見せる。ガスは決定的な涙がこぼれる前に気を引き締めなおすと、腰の剣を外し、一度戸口に出ると靴の泥を落として、マントを脱いだ。

 

「大変失礼をいたしました、修道女(シスター)ナティルしかし私は何としてもアフレア様にお話をお聞きせねばなりません。非礼をわび、大いなるアヴルールに誓ってこのの平和を乱すことはいたしません。願わくばもう一度この僧院の敷居を跨ぐ無礼をお許し願えませんでしょうか。」

 

 そう頭を下げて礼を乞うガスを見て、ナティルは気をよくしたのか、穏やかに言った。

 

「シスター、お客様にお出しするお茶の葉はまだあったかしら。」


*次回【戦士】③ 後編はこちら*

 

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