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「ガス様、そろそろでございます。」
ビジョンがガスに声をかけた。あいもかわらず冷静で陰気なクノイチの女が、ガスの思考を現実へと引き戻した。
「よし、『ルクール・ドゥラゴン』この宿屋で間違いないな。」
一行はマクガットの元家老、ドワーフのグマー=グレインとこの旅籠で落ちあうことになっていた。ここもいわゆる「冒険者の宿」と呼ばれる宿泊所に類する。素性のわからない客を金さえ払えば気前よく泊めてくれる施設といえば「冒険者の宿」しかなかった。
グレインは一年前ガスたちがナティルを見つけ出した知らせを受けると、時期を見てナティルを国内に手引きする計画を立てた。この6年、子飼いの部下であるビジョンを通じ、またあるいは別の手段を講じて、ガスたちの任務を支え続けてくれたのだ。
(グレイン殿には感謝の言葉もない。)
ガスは6年もあっていない恩人と顔を合わせることにいささかの高揚を抑えきれなかった。早々と荷をおろし、あらかじめ決められた名義で宿泊の手続きをしようと受付に申し出る。しかし。
「いえ、そのようなお名前は……承っておりません。」
しかし、事前に打ち合わせたグレインの偽名「グルマン」という男の名は宿泊名簿に載っていないと受付に告げられた。もしや、なにか予定が変わるようなことがあったのだろうか。しかしビジョンもこのことを知らされていなかったらしく、一行は腑に落ちないままに用意した偽名で宿泊手続きを終えた。上等で、頑丈なつくりの部屋を三部屋とると、ビジョンとガス、ラマルクとポマレ、ナティルの三組に分かれた。
「……落ち着きませんか。」
夜半過ぎになってもガスは、冬眠前の熊のようにうろうろと部屋の中を歩きまわっていた。見咎めたビジョンがそう声をかける。
「ああ、うむ。」
グレインが今宵姿を見せなかったことが気がかりだ。あの誠実な男のことである、約束を果たせなかったことにはなにか抜き差しならぬ訳があるのに違いない。
「もし、何か予定外の事が起こっても明日「計画」を遂行すること。そういう取り決めではあってもさすがに気になってな。」
珍しく、ガスは自分の心が乱れていることを感じた。ナティルと出会って1年間この時を如何に待ち望んだことか。「計画」とは、ナティルが王になるために絶対に欠かせない儀式を執り行うというものだ。
「ナティル様を見つけてからのこの一年、練りに練った「計画」だ。失敗は許されない。」
王の血統と『宝剣』が手元にあったとしても、ガスの、ナティル達の陣営が劣勢の極みであることには変わりなかった。「ナティルの国家」を作ると言っても、そこには当然「マクガット王家」としての正当性が証明されなければならない。そうでなければバラバラのジグソーパズルを手元に持って、さらにそれをくみ上げることなく、そこに書かれている絵柄を伝えようとする様なもので、王位の僭称とされる恐れさえあった。ただでさえ一度は前王ヨーレイナロウ王は法制院の下位異端審査会に「狂王」の誹りを受けたのだ。今度その子が「王位僭称」との世論が立てば、二度とナティルの王権復帰の目はあるまい。
そこではガスたちは一計を案じた。無理にでも王の証を示す「短剣の儀式」を行ってしまおうというのである。マクガットの建国日、それは毎年王によって大祓が執り行われる日だったが、その日に、王城にナティル達を招き入れ、機を見て集まった諸侯たちの前でナティルが『輝宝の短剣』で流した血を黄金の杯に受け止め、王たる資格があることを示す儀式を行うというものであった。幸いグレインはいまだに旧家老職にあった貴族の一員としてみなされており、バイズリー公の権勢の届かない王宮の諸事一般を任される立場にあった。彼の裁量権をつかって、明日の建国日にナティルの儀式を行う『計画』なのだ。
敵の懐中深くに飛び込んで、最も難儀な任務を達成する。盗賊流に言えば「クオパティ修道女の腰巻を盗む」離れ業ともいえる作戦である。だが、この計画の発案者だったポマレはガス達にこういった。
「ジャイアントヴァイパーは一番うまいヒュージフロッグからまず食べる!ガス兄ちゃん、まずはナティル様にいっちばん必要なことは何?」
もちろん答えは「王位に就くこと、戴冠を受けること」である。「王のおとし子」というレベルから「王」そのものにレベルアップいや、転職しなければ、永久にガス達ナティル陣営に勝算はない。だが、以前ポマレの指摘したように、ガス達には王都を奪い返す軍隊はなく、他国の援軍も期待できなかった。つまり、「王位に着くための儀式」がどう転んでも行えないというわけなのだ。いかに血統者といえども、「王」でなければ、他国からの援軍も国民の助勢も得られない。「王」になり権威を振るうためにはまず「王」でなければならぬ。これはジレンマだった。
「だからさ、もう無理やり王様になっちゃえばいいじゃん。正確には王様にふさわしいって世の中にみとめさせちゃえばいいじゃん。」
めちゃくちゃな意見である。何はともあれ王としての認定儀式を執り行ってしまう。確かに必要用件は王の血統者とその証である『輝宝の短剣』であり、正式な日どりで王城内の聖堂で行えば強引だが世間も認めざるを得まい。それももし、居並ぶマクガット国の諸侯の中で行えれば、いかに王都王城の実権を握っているバレージオ伯でもその場では手が出せないだろう。
ナティルが王としての儀式を行い、王にふさわしいものと証明できさえすれば、マクガットの貴族諸侯と国民はいずれ国に真なる王の帰還を願うようになる。それまでナティルは悠々と安全な場所から王冠を正式な手順で受ける資格が自分にある事、正当な王のもとに国が治められるべきであることを国際社会に訴え続ければいい。マクガットの国土から離れていながら、マクガット王国の王となる。ちょっと聞いただけでは夢のような現実離れした手のように思える
「でもそうしたら、ナティル様へ必ず風向きが変わると思うんだよねえ」。
為政者が変わったとて、数百年この国を治めて来たマクガット王家の威光を心中に思わぬ国民はいない。マクガットに生まれて育ったものの魂の奥底には、栄えあるマクガット王国民としての誇りと自負がしっかりと根付いているはずだからだ。またいまの王都兵士の中にもバイズリーの専横に不満を募らせているものも数多くいるはずだ。そういった諸力をナティルの「戴冠を受けるべき資格者」としての力で集めて束ねて、今度は内からバイズリー伯の支配体制を突き崩す。剣で戦う前に、心でこの国を掌握するというものだ。
もしそれが達成できたとしたら、これこそ前代未聞の国盗りになる。何しろ一兵も突き合わせることなく、遠方から相手の牙城を切り崩そうというのだから。以前ポマレの言っていた、自分の勝てるルールで打つ碁とはこのことだ。
しかしまずもって『輝宝の短剣』を用いた儀式が行えたとして、その後無事に正式な手順で戴冠を受けるまでナティル達の身柄を安んじられるかは別問題である。マクガット国内に居ようものなら、ナティルの即位を恐れたバレージオの手のものに間をおかず暗殺されよう。
「それなら、オイラ意外な庇護者をみつけちゃったんだよねえ」
ポマレはそれについても一計ありげな様子だった。
「じらすな、ポマレ。どこかの有力な御諸侯のもとに身を寄せられる公算があるのか?」
いまだ王にもならない王権資格者。こんな超ド級の政争爆弾の様な厄介なものを庇護してくれる勢力があるとは思えない。
「じゃあ、質問!ナティル様に王冠をかぶせるひとはだ~れだ?」
「お前のやり取りはクオパティ坊主の公案か!さっさと教えろ!」
この不思議な商人とのやり取りはいつもこうだ。知らずにガスたちはポマレの話術に誘導される。まだ見知らぬ結論へ、考えたことのなかった幻想の回答へ。
「ちょっとー。真面目に答えなよ。ガス兄ちゃんこれは大切なことなんだ。」
「くそっ……少々INTが高いからって偉そうに…ナティル様に王冠を被せる?それはもちろんクオパティ…」
そこまで答えてガスの背筋が冷えた。
「クオパティ……法皇……クオパティ法皇聖下その人だ。」
マクガットの法典によれば。『輝宝の短剣』による儀式を受け、大いなる神アヴルールから国を治める王足りえる資格があると証明されたものに当代のクオパティ法皇は戴冠を施さねばならない。通常これは間をおかず行われる。当然王としての「戴冠」の直前に短剣の儀式は行われるからだ。しかし、この二つの儀式の期間が空いてしまった場合……
「クオパティ法皇は、ナティル様に戴冠を行う「義務」が発生する。」
つまり、ナティルが「短剣の儀式」さえ行えばクオパティ法制院が法典による誓約のため今度は戴冠までの間ナティルの庇護者にならねばならないのだ。これは太古なる昔、クオパティ法制院が神と結んだ協定である。破ることは絶対に許されない。この地上でもっとも強力な庇護者が、「アヴルールの名をもって」戴冠式までの間ナティルを王権資格者として守ることになる。
(この男、危険だ。いずれ殺さねばならぬかもしれない。)
ガスがそう感じたのはその時だ。控えめに言っても素性定かならぬポークルの商人ポマレの提案する数々の計画は常人の想像の範疇を超えていた。鬼謀の類である。乱世において最も有用な才能、軍師。だがこの男は妖術師と言ってもいいほどの知恵者だ。国家という大枠さえ楽々超えて世界を手玉にとって盤に石を打ち出そうとするその能力はもはや味方にとっても危険ですらある。
(しかし、俺たちに最も必要なのは、この男の計略だ。)
ポマレに真実どのような意図があるにせよ、ガスたちはその計画にすがるしかない。ポマレの画いた壮大な餅をつくのも、最後の最後までナティルを守り通すのも、今は戦士たる自分の務めだ。
この計画を国元にいるグレインに伝えた時、彼もまた驚愕していた。だが、勝利の公算がある。薄氷を踏み、アトラックスパイダーの糸をたどるようなかすかな可能性だが、それでも成功すれば今の絶対的な劣勢をはねのけることができるだろう。やっと「ナティルの王国」という巨大なジグソーパズルを組み立てる案内図を見つけた思いだった。
具体的にはナティル達一行は旅芸人の一座に扮し、あらかじめグレインの用意した王城で行われる建国祭の余興に呼ばれたという一座の手形を携え、当日堂々と正面から城に入り、聖堂で行われる建国祭の最中、グレインの手引きで居並ぶ貴族の前でナティルが『輝宝の短剣』で流した血を聖堂の黄金の杯で受け止める。そういう手はずだったが、事前にグレインに接触できなかったことで不安が募る。
(しかし、今年の建国日を逃せば、次はないかもしれん。)
この一年、素性の定かではない刺客、凶手に何度狙われたことか。ガスの槍働きを持ってすべてを避けてきたが、敵にも確実にガス達がある一定の脅威として認識されてきた証拠である。
「短剣の儀式」をてこにして、「ナティルの王たる資格」をまずは証明する。そしてクオパティ法皇の庇護を受け戴冠を成し遂げる。それが「ナティルのマクガット」の事の初めだ。しかしそれは言って見れば国土を持たない理想の上の国だ。王国を持たない王冠だと言ってもよい。非常に不安定な存在だ。だが、必ずマクガットの地の民はそれを求める。現在の戦いに疲弊し、希望を失った民は正当な王のもとの平和な治世を望むはずである。ナティルの王国とは、まず何より、ナティル王に従う人々の求めをかき集めることによって成し遂げられるのだ。
「ガス様……」
この一年のことを考え込んでいたガスの傍に、いつの間にかビジョンが立っていた。出会ったころと変わらぬ黒くゆったりとした衣装を羽織ったクノイチの肉体を間近に感じ、ガスはおもわず視線を彷徨わせる。ビジョンの年齢はよくわからないが、よく見ればなるほど美形である。いつもの陰気な表情が女性としての魅力のすべてを彼女から差っ引いてしまっていたのだ。
「ど、どうした。」
「ご安心ください。明日の作戦、何を以てしても完遂してご覧に入れます。」
この女がそんなことを言うのは初めてだ。いかなる任務に赴くときも、命じられたことだけをこなし、余計なことを口走らない性格だったはずである。
「そうだな。うむ。思えばグレイン殿に遣わされたお前がいてくれたからこそ、我々もここまで来れた、お前にも感謝せねばならん。」
「……」
なんとなく返答もそらぞらしい。何やら調子が狂う。大事の前でいらぬ方向に精神が高揚しているのかもしれない。明日に支障が出てはいけない。ガスはそう思うと、寝支度をして、はやばやと寝台に横になった。
「……ビジョン。明日は何としてでもナティル様を我らが王にするのだ。俺とお前が、ナティル様を支えるのだ。」
横になってしばらくして、暗闇の中にいるであろうクノイチに向けて、ガスはそう告げた。
「はい。」
「……なんとしても…俺と…お前が…」
唐突に襲ってきた眠気に耐えきれなくなり、ガスの意識は夢の世界に遠のいて行った。
「はい、おやすみなさい。ガス様。」
眠りの神ヒュプノスによって混濁していく意識の底で、ビジョンの吐息を傍にかすかに感じた気がした。
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プレイヤーで作る『ファッション重視』のイベントについての質問です。
審査員などによるコーデを採点する方式のイベントと、採点を行わないショー的要素が強いイベントどっちを見てみたい?参加してみたい?
— (堕ω美) (@superstreetwiz) 2015, 12月 7