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小説はいいですね。書くぶんには。読む分には苦痛だと思いますけど。すいませんね。いつも読んでくださっている方々にはもう大変感謝しています。いろいろ捧げてもいいと思っています。嫌?でもささげちゃう。
(前回までのあらすじ)
彼女ができないからもう少しで魔法使いになれそうです。頑張れロージー(と私)
次回【魔術師】はこちら
【魔術師】第一回はこちら
(前回までのあらすじ)
彼女ができないからもう少しで魔法使いになれそうです。頑張れロージー(と私)
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潮臭い漁村には全く不釣り合いな身綺麗で、麗しい容姿の少年が来たらどうなるか。
ここに繻子織の裏地の付いたシャツを着ている少年などいない。第一それがどういう材質の衣服かも村の人間にはわかるまい。ここには木綿と麻でできた服以外を着る人間はいない。
またその少年本人が、彼が大事そうに抱えている天鵞絨の首狩りウサギの人形に見劣りしないような美しい肌をしていたとしても、それをもてはやす人間はいない。もし都会の貴族たちのサロンに居たなら、若い女性達や同年代の少女たちからさえ母性本能を搾り取り、一日中寵愛の対象になるような天使のようなかわいさを備えていたとしても、ここにはそういう都会的な価値観を共有できる人間など村始まって以来一人もいない、大人も子供も。
そういうわけで、ロズウィッツと云うらしいその美しい少年が村の子供達全員から仲間はずれにされるのは至極当然の成り行きだった。貴族のエルフの子息で、使用人と二人きりで越してきたハーフエルフであるというその少年の持つすべての身体的、社会的、美的特徴が、ディメント王国のありふれた漁村であるアルグニッツ村では異質で、かつ共存できないものだった。
しかし子供たちの間でロズウィッツの噂が挙がらない日はなく、仲間外れにされてピンク色の人形を抱えながら自宅の前のブランコに腰かけているだけだというのに彼は越してきたその日から常に秘密めいた子供たちの話題の中心であり続けた。
エドウィンは村の庄屋の息子で、ロズウィッツが来るまで、村の子供社会は完全に彼の所有物だった。子供達だけではない、周囲の大人たちもエドウィンに敬意を払わないものなどいない。田舎村での地主としての一族の権力と、彼自身の侠気で彼がかなわない存在などこの村にはいなかったのだ。彼はこの村の小さな王、すべてがエドウィンを中心に回っていた。。それだというのに、最近彼の国民は新たな移民の話でもちきりだ。
自分らの上下社会に組み込まれない異質な存在、ただそのハーフエルフの少年はいるだけで自分の王位を脅かすのではないかとすら感じる。アルグニッツ子供王国国王、エドウィン・コナリスはこの妖精のような美しさの異分子の登場にたいそう気分を害していた。
―ハーフエルフかなんか知らないが、生意気なんだよ、あいつ。
越してきていまだ自分に挨拶に来たこともない。一個下のくせに生意気極まりない奴だ、服装も態度もなにもかもムカつくやつである。けれど彼がもっとも腹が立つのはそんなログウィッツに気後れしているかもしれない自分自身だった。ここは自分の庭だ、エドウィンこそがこの小さな宇宙の中心なのだ。なのにあいつは自分や村のことなど埒外で、飄々と自宅のブランコの上からこのアルグニッツ村の完璧なバランスを崩してしまいやがる。そして自分もそんな一個下の少年に内心ビクついているのではないかという想像に思い至ったとき、エドウィンは彼の王国を取り戻そうと決心したのだった。
思った通り、ロズウィッツはこの前の春出来たばかりの屋敷の前の庭に備え付けられたブランコに乗っていた。初夏の日差しを受けて右手に本を持ち、左手にピンク色のウサギの人形を持ってブランコに腰掛けるその姿はクオパティの宗教画家がなにかのモチーフに選びそうなくらい完璧に絵になっていた。そこはハーフエルフの少年の聖域であるかのように村の空間と切り離され、不思議な秩序を保っているように感じる。
―っち。
内心舌打ちしながら、エドウィンは庭先から大声を出して、その少年に話しかけた。
「おい、おいったら!」
燃えるような金髪をおかっぱにして、上等なべべを着ている少年は、返事もせずにチラリとエドウィンを見ただけだった。その自分を無視したような態度にカチンと来て、ずんずんと屋敷の敷地内に足を踏み入れる。
「おい!聞こえているのか、エルフ。」
「エルフじゃない。ぼくはハーフエルフだ。」
ロズウィッツ少年が本に目を落としながら初めて口を開いた。真近でみてみると、抜けるような白い肌にリンゴか薔薇のような赤い頬をしている。
「薔薇ほっぺ、お前が半分ドワーフだろうがエルフだろうが知ったことか。村に来てひと月もたつのになんで俺のところに顔を出さないんだ。」
エドウィンはエルフを見たことはないが、この少年がエルフだという話は聞いていた。ハーフエルフとエルフがどう違うのかはわからないが、ともかく人間とたまに行商に来るドワーフしか見たことのないエドウィン達村の少年にとってはエルフに連なる生物というだけで十分異質な相手に思えた。
エルフ。
人間には敵わない魔法の才を持ち、長い時を生きる半妖精の種族。それは村の子供にとっては騎士道物語や英雄譚の中だけにしか見られない名称だった。
だからエドウィンはあえてそういう相手の特徴に気後れしないという態度をとることにした。ここは彼の王国なのだ、自分の持っていない価値観を認めるわけにはいかない。
「ロージー?それぼくのこと?ぼくにはロズウィッツ・ログウィリアナ・ロナベルトロズマンって名前があるんだ。勝手に約めないでほしいな。」
ハーフエルフの少年はやっとむすっとした様子で顔をあげてエドウィンを睨みつけた。物おじしない目つきと態度だ。一個下のひょろひょろのくせに、やっぱりこいつはむかつくやつだ。しかし「薔薇ほっぺ」と呼んだのは正解だった。このあだ名でこいつの鉄面皮を変えてやることができた。エドウィンは相手の反応に満足しながら言葉を返した。
「なんだその名前。うちのばあちゃんの昔話より長すぎるぜ。お前は今日からロージーだ。俺が決めたんだ、みんなにもそう呼ばせてやるぞ。」
ロージーは口をへの字に曲げて黙って必死に何かに耐えているようだった。いいぞいいぞ、エドウィン様のペースだ。
「とにかくお前の呼び方なんてどうでもいい、なんで俺たちのところに来ないんだ。村の子供はみんな正午になったら深き者岬で遊ぶんだぞ。」
「ぼくは普通の人間じゃないんだ。お前たちなんかとあそぶもんか。それに魔術の勉強してる方がよっぽどためになるさ。」
「魔術だって?お前の年で魔術を勉強してる奴なんていやしないぞ。そんなもの勉強して何になるんだ?街灯屋にでもなるつもりか?」
この村に魔法、魔術と呼ばれるものを使えるのは数名しかいなかった。宵ごと街灯に松明の魔法をかけて回る街灯屋と村で一件の雑貨屋の親父、それにクオパティ神殿の僧侶様だけだ。
「違う、僕は偉い魔術師になるんだ。お前たち人間とは違うんだ。」
再びお前たちとは違うといってロージーは本に目を落とした。その態度はエドウィンを大いにイラつかせた。いますぐきつい一発をその顔面に叩き込んでビビらせてやろうか。いままでほかの子をぶん殴って泣かせられなかったことはない。こんなひょろひょろチビ魔術師なんて一発だ。
しかし・・とエドウィンは考えた。ロージーは見た目によらずずいぶん怒りっぽい性格のようだ、自尊心が高いと言ってもいい。自分も同じようにプライドの高いガキ大将タイプであるエドウィンは相手の本質を素早く見抜いていた。どうにかしてこの性格を利用して泣かせてやれないものか・・・
「・・・へん。そんなこと言って、ほんとは俺たちと遊ぶのが怖いんだろう。」
「なんだって?」
「俺たちは深き者岬から海に飛び込んで遊んでんだ。お前よりもっと小さいメルロイでもできるんだぞ。魔術師様にそんなことできっこないだろ。」
エドウィンは卑屈な物言いで相手をひっかけなければならないのが嫌だったが、我を張ってもこの相手には通用しない。ガキ大将は腕力と我儘さだけではだめなのだ、時として相手の性格をうまく使って自分が有利な状況を作らねばならない。
「…」
ロージーが赤い頬をさらに真っ赤にしてぷるぷると何かを我慢しているように睨みつけている。もうひと押しだ。
「臆病者め!」
「違う!ぼくは臆病者じゃない!僕の父は立派な冒険者だぞ!取り消せ!」
食いついた!内心で喝采を送りながらエドウィンはしたたかに釣竿を泳がせた。まだ、まだだ。引くのは早い。決定的にこいつを追い込まなければならない。癇癪寸前のロージーを丸め込んでやる。
「ふーん・・・親父は冒険者か。そりゃすごい・・・じゃあお前もよっぽど怖いもの知らずなんだろうな。」
「当たり前だ!」
「よし、なら明日の正午、深き者岬に来いよ。おやじ譲りのお前の勇気が本物かどうか見てやる。」
「わかった!でも行ったら今の非礼をわびろ!絶対だぞ!」
わかったよ、とエドウィンは肩をすくめて応じた。心の中では笑い出したい気持ちだった。
生まれた時から泳ぎを覚えている村の子ならともかく、こいつにあれは絶対無理だ。まってろよ魔術師、吠え面かかせてやる。満足そうに微笑んでエドウィンは屋敷に背を向けた。背後ではロージーがじっと睨みつけている、その視線を十分に感じながら、エドウィンは明日の事を考えてわくわくしていた。
深き者岬は代々アルグニッツ村の子供たちの遊び場だった。『とさか』と『ひれ』と呼ばれる大小二つの崖があり、それぞれ村の子供たちは5歳と10歳になったとき、そこから飛び降りるのが小さな村で子供の勇気を試課する儀式だった。
エドウィンは7歳だったが、10歳の子供が飛び込む『とさか』での飛び込み儀式を終えており、ちょっとした村の英雄となっている。実際年上の子供の誰より、エドウィンの泳ぎの腕は上だった。彼には泳ぎの才能があったのだ。
「ほら、ここから飛び込むんだ。お前ならできるだろ?」
エドウィンと村の子供たちはロージーを深き者岬に連れて行った。ロージーは現在6歳らしいので、村の子供の掟に照らし合わせれば浅い『ひれ』からの飛び込みが妥当だった。だが、彼らがハーフエルフの少年を連れて行ったのは、より高い『とさか』である。海に向けて切り立った断崖から見下ろす景色は、波のしぶきが砕け散る壮観なものだったが、とても都会育ちの6歳の少年に飛び込めるような生易しい高さではない。
案の定青い顔をして半裸でふるえるロージーを見ながらエドウィンは言った。
「どうした。ロージー。勇気があるところを見せてくれるんだろ?」
絶対に無理だ。村で育った子ですら『ひれ』から飛び込むのが精いっぱいなのだ。ひょろひょろ魔術師様には水たまりで泳ぐのが関の山なはずだ。こいつは必ず泣いて謝る、高慢なロージーがべそをかいて許してという様を想像してエドウィンは心が満たされるようだった。
「・・・謝るだけじゃ許さないぞ」
崖っぷちですくんで下を覗き込んでいたロージーが不意に振り返って言った。
「もし飛び込んだら、君はぼくの家来になれ!」
そう叫んでハーフエルフの少年は一気にがけ下に身を躍らせた。
「!?」
あわてて崖下を覗き込んだエドウィンが見たのは、やせっぽちのチビ魔術師一人分にしてはずいぶん派手な水柱があがったところだった。
「おい、エドウィン。時間だぞ。」
エドウィンは衛兵の詰所にある仮眠室のベッドから熊のようにのそのそと這い出し、そのままふらつく頭で傍に置いてあったディメント国王より下賜された衛兵の鎧を着こんでゆく。かつらをかぶって付け髭を付けると、鎖帽子の上から半球状の兜を装着してマントを羽織った。どこからどう見ても衛兵スタイルである。衛兵は髪型や髭の形が伝統的に統一されており、髭の生えそろわないものは支給された付け髭を付けることになっていた。
「まったく、今日は二人も街中に重犯罪者だ。最近冒険者が減ったとか言ってる冒険者ギルドの職員のケツを蹴り上げてやりたいぜ。」
同期でディメント騎士団に仕官した同僚は申し送りの衛兵手帳をテーブルの上に置くと、兜を外して愚痴を漏らした。
衛兵の仕事は街中の巡回と手配書に回っている重犯罪人の捕縛である。どんなに屈強な犯罪者といえども街中で衛兵達にはまともに太刀打ちできない。ディメント王国騎士団が製造し魔法局が莫大な金をかけて魔法を付与した衛兵具足一式は街中にかけられた環境魔法の効果の及ぶ範囲にいる限りほぼ無敵の力を発揮することができるし、特性の槍はたった一撃で犯罪者たちを昏倒させることができるからだ。けれど最近は路地裏に衛兵を誘い込み、巧妙な手口でその命を奪う恐ろしい犯罪者もいた。危険な仕事に変わりはない。
「ディメント国王の威光を恐れない馬鹿者はあとを絶たんよ」
エドウィンは肩をすくめて、同僚の衛兵手帳を読み込んで要点を確認するとそれを懐に入れる。
「ところで、今日の相棒は誰だ?また飲んだくれのパルメか?」
「俺だ。」
戸口から聞こえた声にエドウィンは思わず背筋を伸ばした。巨漢の衛兵が立っている。先任仕官のバナバスである。バナバスはエドウィンが衛兵になりたてのころの指導教官でもあり、騎士団に入団して以来最も頭の上がらない相手だった。
「バナバス先輩でしたか。失礼いたしました!」
起立して衛兵式の敬礼をとるエドウィンにバナバスはあごをしゃくって用意を促した。
―最近ついてないな。この前はロージーに振り回されて、任務じゃバナバス先輩にしごかれる。
バナバスとともに詰所を出たエドウィンは今夜の巡回ルートを確認した。鍛冶屋通りを通って軍神前広場を抜けて冒険者ギルドの窓口のある酒場にいくつか立ち寄り、王城前を通って詰所前で解散。二刻ほどの短い巡回だが、夜番は危険も多く気の抜けない任務だ。
「行くぞ。」
いかめしい面をして周りに睨みを利かせて街中をバナバスと一緒に練り歩く。普段は人通りが多く自由民たちが大いににぎわいを見せている鍛冶屋通りも、夜中は酔客や物乞い、あるいはたむろした冒険者達で昼間とは違った顔を見せている。
「ふざけるな!!取り分は半々だって言っただろうが!」
「へっ。もう競売に賭けちまった。甘かったな。死体からはぎ取るときに俺に渡したのが悪いんだよ」
2人の冒険者らしい男が激しく言い争っている。どうやら冒険の分け前についてもめているようだ。2人ともどう見てもケチな物取りか盗掘屋という風情の男だ。
「ゆるせねえ・・・」
盗賊風の男が顔を真っ赤にして懐からダガーを抜く。
「お?やるってのかい?おい、衛兵さんよ、ここに捕まえられたいってやつがいるぞ!」
もう一人の戦士風の男がエドウィン達を見咎めて、通りの向こうから声をかけた。ダガーを引き抜いた男はあわてて懐に武器をしまう。
「先輩」
エドウィンは詰所に連行すべきか、バナバスに同意を求めた。
「・・・ほっておけ。小物だ」
エドウィン達が何もしないのを確認すると、戦士風の男はにやついて戦小手の付いた手で盗賊風の男を殴り飛ばした。そのまま二人でもつれ合って路地に転がり込むように消えていく。
「エド、俺たちの任務は重犯罪者の捕縛だ。あいつらは何をやろうと関係ない。かかわるな。」
ですが、と返答しようとしてエドウィンは口をつぐんだ。衛兵はディメント王国から重犯罪者の捕縛をもって街の治安を維持するために組織された騎士団である。街のならず者程度の軽犯罪者の捕縛や確保は任務と給料の裡には入っていない。
いかめしい顔をして、街をゾロ歩き、捕まえるのは自分ではない誰かが悪いと決めつけた相手だけ。
―汝はディメント国国王の威光を以てその治世を脅かすものの手から王国を守ることを誓うか?
ディメント騎士団に入団の歳、ディメント国王の代理のクオパティの大司教から肩に剣をあてられて誓った騎士の誓言を思い出す。
―弱者を守り、強者を阻み、民の敵をくじく正義の槍となることを誓うか?
『はい、誓います。』
路地から男の悲痛な叫び声が聞こえる。犯罪者同士の刃傷沙汰は捕縛の対象外だ。どこかの弱者が強者に踏みつぶされたその声を聴きながら、二人の衛兵は街の巡回を続けた。
「それじゃあお前は酒場を巡回しろ。半刻後に合流だ。」
「…はい」
「さっきのことは気にするな、エド」
ごつごつした大きい手でがっしと肩をたたかれて、バナバスと別れた後エドウィンは酒場に入っていく。
酒場の中はこんな時間だというのに宵っ張りの冒険者達でごった返していた。誰もが最近発見された新しいダンジョンの話で盛り上がっている。どこどこに出没するモンスターが持っている宝箱から逸品の魔法の槍が手に入っただの、どこどこの階層に潜むモンスターは戦士の修行に持ってこいだの、ものすごい腕前の侍を見ただの。彼らの話題は尽きせぬハック&スラッシュの事ばかりである。
―あいも変わらず、いけ好かない奴らだ。
冒険者、冒険者、冒険者。街のクオパティの寺子屋の子供達に聞いてみたらいい。『ディメント王国の主要な輸出品は何ですか?』と『麦と魚介類です』と賢い子は答えるだろう。しかし組で一番賢い子はこう付け加えるはずだ『それに加えて、武具と労働力としての冒険者です』と。
ディメント王国の主産業は冒険者の輸出であるといわれるほどこの国には冒険者が多かった。それは国土に多く点在する冒険地と呼ばれるダンジョンや未開の地が多いことと、王国自身が冒険者ギルドを厚く保護し、この国で冒険をする者に様々な恩恵を与えて奨励し続けていることが理由である。
ディメント王国はほかの大国、ハーサント連邦やクオパティ法制院に比べて古い体質の国だ。冒険者が増えるというのは王国のあずかり知らぬ戦力が国内に吹きだまるということであり、国王からしてみれば通常あまり喜ばしいことではないはずだ。にもかかわらずこのディメント王国は世界一の冒険者の巣窟になっている。何のことはない、ディメント王国は疲弊しているのだ。
自分たちが禄高を保障する騎士団や戦士団だけで解決できないさまざまな問題を抱えたディメント王国は本来不逞の輩である冒険者の力を借りることにした。それに伴い治安の悪化、冒険者同士のいさかいは後を絶たなくなった。まだ救われているのが冒険者たちが冒険地とダンジョンを巡った末に手に入れる財宝にしか興味がない点である。冒険地やダンジョンの数はそのままディメント王国の財産であって、それを冒険者が掘りつくしてしまったとき、その鍛えられた槍先と魔法の技が誰に向くかは一目瞭然だった。
衛兵として、ディメント騎士団の正式な一員として最も警戒しておかねばならなかったのは、数を得て力を増した冒険者たちの国家に対する一斉反抗なのである。
『それについては妙案がありますぞ』
そういったドワーフのディメント王国の魔法局の支局長の顔を、エドウィンは思い出していた。確かイルファーロの駐在局長だったか。彼はディメント王国の要請する様々な任務を冒険者に解決させるために、魅力的な餌をぶら下げたのだ。すなわち将来的な騎士への取り立てと、冒険者を始めるためにかかる税金の免除である。つまり基本無料だ。この響きに心躍らない冒険者がいるだろうか。
エドウィンが何気なく店内を見渡すと、ある一組の冒険者たちがテーブルの上にはかりを乗せて金貨の真贋を判定しながらああだこうだ言い合っていた。
―にわか冒険者だな。そんなもの見て一目でわからないのか、それは偽貴族コインだ。裏面の侯爵像の持っている錫杖の形が違うだろうが。
かつて、ロージーとともに廻った数々の冒険地で冒険者の真似をしていたエドウィンにはその偽コインがすぐ分かった。むずむずと自分の中で冒険者の血が騒ぐのを自覚する。
―あいつ、冒険者として生きる気かな。無鉄砲な奴だが、1人で大丈夫だろうか。もう二週間も何も言ってこないなんて・・・ロージーの奴。
ふと、冒険者の真似事をやめられない真っ赤な頬のハーフエルフの事を心配している自分に気が付き、あわててかぶりを振るエドウィンの耳に聞きなれた単語が飛び込んできた。
「だから、出会ったんだよ。『アルグニッツ冒険隊』の奴にさ」
―なんだって?
ざわつく酒場の店内で耳ざとくその単語を聞きとがめたエドウィンは、巡回する振りをしてそう言った男のいるテーブルに近づき、会話に耳をそばだてた。
「エルフか?ハーフエルフかなんかだったな。魔術師で、俺たちの任務に入ってきやがったんだ。まあ頭数が足りてなかったから一緒に仕事をしたんだがな」
―間違いない、ロージーのことだ。あいつ本当に冒険団として冒険者ギルドに登録したのか?冒険者として生きるつもりか?莫迦な。
屈強そうなベテランの戦士風情の男が麦酒をあおりながら話を続けている。
「まあ、腕は悪くなかったかな。あの若さにしちゃなかなかだ。しっかしどうしようもない地雷野郎だったよ。隊のほかの相手には歩調を合わせねえ、独断専行で何度隊が全滅しかかったか知れたものじゃない。」
戦士の仲間であろう、僧侶崩れの女冒険者が合いの手を入れた。
「おまけにことあるごとに『アルグニッツ冒険隊』ではどうだったこうだった・・・アタシらからしてみれば自慢にもならない話ばっかりさ」
「それで、こっちも下手にでてな…へえ、旦那、そりゃ大したもんでござんすね。ところでその『アルグニッツ冒険隊』ってのはいったい何人で?さぞや大きくて名のある冒険団に違いねえって聞いてみたんだよ」
もうおかしくて堪えきれないといった風で男は続ける。
「そ、そしたら奴さん。なんて言ったと思う?『ぼくひとりだ』って・・・ひ、ひ、ひ。あの餓鬼、間抜け面でのうのうとそう言いやがる。俺らはもうもうぶっ飛ぶほど笑い転げたかったのを必死で我慢して・・・」
「よく聞こえなかった、なんだって?」
いきなり声をかけられて話の腰を折られた男は、麦酒の泡で口の周りに髭を作りながら不愛想に振り返った。
「なんだ、よく聞いとけ。一番面白いところなんだからよ。だから俺はぶっ飛ぶほど・・・」
そういい終わらせないうちに、エドウィンの鉄拳がその男の顔面に叩き込まれた。男はもんどりうって椅子ごと隣のテーブルまで吹っ飛んで、いましがた飲んだ麦酒なのかなんなのかを噴水のように噴出して昏倒した。
荒くれ者でざわついていた店内が一瞬で静まり返る。
「ぶっ飛ぶほど…なんだって?ここに『アルグニッツ冒険隊』のメンバーがいるぜ。」
「野郎!!」
「乱闘だ!」
「ちきしょうやっちまえ!!」
「ひゃっはーお祭りだー」
「衛兵―!!衛兵―!!」
「俺が衛兵だ!!かかってこい!!」
エドウィンは衛兵のマントと兜をかなぐり捨て、テーブルを蹴飛ばして男の仲間たちと盛大な殴り合いに突入した。衛兵勤めで鍛えに鍛えた腕力は歴戦の冒険者達に引けを取らない。瞬く間に二人を拳で制圧し、ドワーフの戦士に反撃を食らいながらもそのどっしりとした腹につま先をめり込ませる。
横合いから殴りかかってきた僧侶女の戦棍を避けたところまでは覚えているが、あとは数十人の冒険者ともみくちゃになりながら殴り合った。もう何が何だかわからない。だれかの上に馬乗りになって殴り殴られ続けていると、目の前にぬっと大きな影が現れた。
「冒険者め。」
その人影は大きく槍を振りかぶるり、エドウィンの頭上に石突き気味に振り下ろした。衛兵失格の男は、仮眠室で見た夢の続きを見れるような気がして、心地よい気持ちのまま気を失った。
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潮臭い漁村には全く不釣り合いな身綺麗で、麗しい容姿の少年が来たらどうなるか。
ここに繻子織の裏地の付いたシャツを着ている少年などいない。第一それがどういう材質の衣服かも村の人間にはわかるまい。ここには木綿と麻でできた服以外を着る人間はいない。
またその少年本人が、彼が大事そうに抱えている天鵞絨の首狩りウサギの人形に見劣りしないような美しい肌をしていたとしても、それをもてはやす人間はいない。もし都会の貴族たちのサロンに居たなら、若い女性達や同年代の少女たちからさえ母性本能を搾り取り、一日中寵愛の対象になるような天使のようなかわいさを備えていたとしても、ここにはそういう都会的な価値観を共有できる人間など村始まって以来一人もいない、大人も子供も。
そういうわけで、ロズウィッツと云うらしいその美しい少年が村の子供達全員から仲間はずれにされるのは至極当然の成り行きだった。貴族のエルフの子息で、使用人と二人きりで越してきたハーフエルフであるというその少年の持つすべての身体的、社会的、美的特徴が、ディメント王国のありふれた漁村であるアルグニッツ村では異質で、かつ共存できないものだった。
しかし子供たちの間でロズウィッツの噂が挙がらない日はなく、仲間外れにされてピンク色の人形を抱えながら自宅の前のブランコに腰かけているだけだというのに彼は越してきたその日から常に秘密めいた子供たちの話題の中心であり続けた。
エドウィンは村の庄屋の息子で、ロズウィッツが来るまで、村の子供社会は完全に彼の所有物だった。子供達だけではない、周囲の大人たちもエドウィンに敬意を払わないものなどいない。田舎村での地主としての一族の権力と、彼自身の侠気で彼がかなわない存在などこの村にはいなかったのだ。彼はこの村の小さな王、すべてがエドウィンを中心に回っていた。。それだというのに、最近彼の国民は新たな移民の話でもちきりだ。
自分らの上下社会に組み込まれない異質な存在、ただそのハーフエルフの少年はいるだけで自分の王位を脅かすのではないかとすら感じる。アルグニッツ子供王国国王、エドウィン・コナリスはこの妖精のような美しさの異分子の登場にたいそう気分を害していた。
―ハーフエルフかなんか知らないが、生意気なんだよ、あいつ。
越してきていまだ自分に挨拶に来たこともない。一個下のくせに生意気極まりない奴だ、服装も態度もなにもかもムカつくやつである。けれど彼がもっとも腹が立つのはそんなログウィッツに気後れしているかもしれない自分自身だった。ここは自分の庭だ、エドウィンこそがこの小さな宇宙の中心なのだ。なのにあいつは自分や村のことなど埒外で、飄々と自宅のブランコの上からこのアルグニッツ村の完璧なバランスを崩してしまいやがる。そして自分もそんな一個下の少年に内心ビクついているのではないかという想像に思い至ったとき、エドウィンは彼の王国を取り戻そうと決心したのだった。
思った通り、ロズウィッツはこの前の春出来たばかりの屋敷の前の庭に備え付けられたブランコに乗っていた。初夏の日差しを受けて右手に本を持ち、左手にピンク色のウサギの人形を持ってブランコに腰掛けるその姿はクオパティの宗教画家がなにかのモチーフに選びそうなくらい完璧に絵になっていた。そこはハーフエルフの少年の聖域であるかのように村の空間と切り離され、不思議な秩序を保っているように感じる。
―っち。
内心舌打ちしながら、エドウィンは庭先から大声を出して、その少年に話しかけた。
「おい、おいったら!」
燃えるような金髪をおかっぱにして、上等なべべを着ている少年は、返事もせずにチラリとエドウィンを見ただけだった。その自分を無視したような態度にカチンと来て、ずんずんと屋敷の敷地内に足を踏み入れる。
「おい!聞こえているのか、エルフ。」
「エルフじゃない。ぼくはハーフエルフだ。」
ロズウィッツ少年が本に目を落としながら初めて口を開いた。真近でみてみると、抜けるような白い肌にリンゴか薔薇のような赤い頬をしている。
「薔薇ほっぺ、お前が半分ドワーフだろうがエルフだろうが知ったことか。村に来てひと月もたつのになんで俺のところに顔を出さないんだ。」
エドウィンはエルフを見たことはないが、この少年がエルフだという話は聞いていた。ハーフエルフとエルフがどう違うのかはわからないが、ともかく人間とたまに行商に来るドワーフしか見たことのないエドウィン達村の少年にとってはエルフに連なる生物というだけで十分異質な相手に思えた。
エルフ。
人間には敵わない魔法の才を持ち、長い時を生きる半妖精の種族。それは村の子供にとっては騎士道物語や英雄譚の中だけにしか見られない名称だった。
だからエドウィンはあえてそういう相手の特徴に気後れしないという態度をとることにした。ここは彼の王国なのだ、自分の持っていない価値観を認めるわけにはいかない。
「ロージー?それぼくのこと?ぼくにはロズウィッツ・ログウィリアナ・ロナベルトロズマンって名前があるんだ。勝手に約めないでほしいな。」
ハーフエルフの少年はやっとむすっとした様子で顔をあげてエドウィンを睨みつけた。物おじしない目つきと態度だ。一個下のひょろひょろのくせに、やっぱりこいつはむかつくやつだ。しかし「薔薇ほっぺ」と呼んだのは正解だった。このあだ名でこいつの鉄面皮を変えてやることができた。エドウィンは相手の反応に満足しながら言葉を返した。
「なんだその名前。うちのばあちゃんの昔話より長すぎるぜ。お前は今日からロージーだ。俺が決めたんだ、みんなにもそう呼ばせてやるぞ。」
ロージーは口をへの字に曲げて黙って必死に何かに耐えているようだった。いいぞいいぞ、エドウィン様のペースだ。
「とにかくお前の呼び方なんてどうでもいい、なんで俺たちのところに来ないんだ。村の子供はみんな正午になったら深き者岬で遊ぶんだぞ。」
「ぼくは普通の人間じゃないんだ。お前たちなんかとあそぶもんか。それに魔術の勉強してる方がよっぽどためになるさ。」
「魔術だって?お前の年で魔術を勉強してる奴なんていやしないぞ。そんなもの勉強して何になるんだ?街灯屋にでもなるつもりか?」
この村に魔法、魔術と呼ばれるものを使えるのは数名しかいなかった。宵ごと街灯に松明の魔法をかけて回る街灯屋と村で一件の雑貨屋の親父、それにクオパティ神殿の僧侶様だけだ。
「違う、僕は偉い魔術師になるんだ。お前たち人間とは違うんだ。」
再びお前たちとは違うといってロージーは本に目を落とした。その態度はエドウィンを大いにイラつかせた。いますぐきつい一発をその顔面に叩き込んでビビらせてやろうか。いままでほかの子をぶん殴って泣かせられなかったことはない。こんなひょろひょろチビ魔術師なんて一発だ。
しかし・・とエドウィンは考えた。ロージーは見た目によらずずいぶん怒りっぽい性格のようだ、自尊心が高いと言ってもいい。自分も同じようにプライドの高いガキ大将タイプであるエドウィンは相手の本質を素早く見抜いていた。どうにかしてこの性格を利用して泣かせてやれないものか・・・
「・・・へん。そんなこと言って、ほんとは俺たちと遊ぶのが怖いんだろう。」
「なんだって?」
「俺たちは深き者岬から海に飛び込んで遊んでんだ。お前よりもっと小さいメルロイでもできるんだぞ。魔術師様にそんなことできっこないだろ。」
エドウィンは卑屈な物言いで相手をひっかけなければならないのが嫌だったが、我を張ってもこの相手には通用しない。ガキ大将は腕力と我儘さだけではだめなのだ、時として相手の性格をうまく使って自分が有利な状況を作らねばならない。
「…」
ロージーが赤い頬をさらに真っ赤にしてぷるぷると何かを我慢しているように睨みつけている。もうひと押しだ。
「臆病者め!」
「違う!ぼくは臆病者じゃない!僕の父は立派な冒険者だぞ!取り消せ!」
食いついた!内心で喝采を送りながらエドウィンはしたたかに釣竿を泳がせた。まだ、まだだ。引くのは早い。決定的にこいつを追い込まなければならない。癇癪寸前のロージーを丸め込んでやる。
「ふーん・・・親父は冒険者か。そりゃすごい・・・じゃあお前もよっぽど怖いもの知らずなんだろうな。」
「当たり前だ!」
「よし、なら明日の正午、深き者岬に来いよ。おやじ譲りのお前の勇気が本物かどうか見てやる。」
「わかった!でも行ったら今の非礼をわびろ!絶対だぞ!」
わかったよ、とエドウィンは肩をすくめて応じた。心の中では笑い出したい気持ちだった。
生まれた時から泳ぎを覚えている村の子ならともかく、こいつにあれは絶対無理だ。まってろよ魔術師、吠え面かかせてやる。満足そうに微笑んでエドウィンは屋敷に背を向けた。背後ではロージーがじっと睨みつけている、その視線を十分に感じながら、エドウィンは明日の事を考えてわくわくしていた。
深き者岬は代々アルグニッツ村の子供たちの遊び場だった。『とさか』と『ひれ』と呼ばれる大小二つの崖があり、それぞれ村の子供たちは5歳と10歳になったとき、そこから飛び降りるのが小さな村で子供の勇気を試課する儀式だった。
エドウィンは7歳だったが、10歳の子供が飛び込む『とさか』での飛び込み儀式を終えており、ちょっとした村の英雄となっている。実際年上の子供の誰より、エドウィンの泳ぎの腕は上だった。彼には泳ぎの才能があったのだ。
「ほら、ここから飛び込むんだ。お前ならできるだろ?」
エドウィンと村の子供たちはロージーを深き者岬に連れて行った。ロージーは現在6歳らしいので、村の子供の掟に照らし合わせれば浅い『ひれ』からの飛び込みが妥当だった。だが、彼らがハーフエルフの少年を連れて行ったのは、より高い『とさか』である。海に向けて切り立った断崖から見下ろす景色は、波のしぶきが砕け散る壮観なものだったが、とても都会育ちの6歳の少年に飛び込めるような生易しい高さではない。
案の定青い顔をして半裸でふるえるロージーを見ながらエドウィンは言った。
「どうした。ロージー。勇気があるところを見せてくれるんだろ?」
絶対に無理だ。村で育った子ですら『ひれ』から飛び込むのが精いっぱいなのだ。ひょろひょろ魔術師様には水たまりで泳ぐのが関の山なはずだ。こいつは必ず泣いて謝る、高慢なロージーがべそをかいて許してという様を想像してエドウィンは心が満たされるようだった。
「・・・謝るだけじゃ許さないぞ」
崖っぷちですくんで下を覗き込んでいたロージーが不意に振り返って言った。
「もし飛び込んだら、君はぼくの家来になれ!」
そう叫んでハーフエルフの少年は一気にがけ下に身を躍らせた。
「!?」
あわてて崖下を覗き込んだエドウィンが見たのは、やせっぽちのチビ魔術師一人分にしてはずいぶん派手な水柱があがったところだった。
「おい、エドウィン。時間だぞ。」
エドウィンは衛兵の詰所にある仮眠室のベッドから熊のようにのそのそと這い出し、そのままふらつく頭で傍に置いてあったディメント国王より下賜された衛兵の鎧を着こんでゆく。かつらをかぶって付け髭を付けると、鎖帽子の上から半球状の兜を装着してマントを羽織った。どこからどう見ても衛兵スタイルである。衛兵は髪型や髭の形が伝統的に統一されており、髭の生えそろわないものは支給された付け髭を付けることになっていた。
「まったく、今日は二人も街中に重犯罪者だ。最近冒険者が減ったとか言ってる冒険者ギルドの職員のケツを蹴り上げてやりたいぜ。」
同期でディメント騎士団に仕官した同僚は申し送りの衛兵手帳をテーブルの上に置くと、兜を外して愚痴を漏らした。
衛兵の仕事は街中の巡回と手配書に回っている重犯罪人の捕縛である。どんなに屈強な犯罪者といえども街中で衛兵達にはまともに太刀打ちできない。ディメント王国騎士団が製造し魔法局が莫大な金をかけて魔法を付与した衛兵具足一式は街中にかけられた環境魔法の効果の及ぶ範囲にいる限りほぼ無敵の力を発揮することができるし、特性の槍はたった一撃で犯罪者たちを昏倒させることができるからだ。けれど最近は路地裏に衛兵を誘い込み、巧妙な手口でその命を奪う恐ろしい犯罪者もいた。危険な仕事に変わりはない。
「ディメント国王の威光を恐れない馬鹿者はあとを絶たんよ」
エドウィンは肩をすくめて、同僚の衛兵手帳を読み込んで要点を確認するとそれを懐に入れる。
「ところで、今日の相棒は誰だ?また飲んだくれのパルメか?」
「俺だ。」
戸口から聞こえた声にエドウィンは思わず背筋を伸ばした。巨漢の衛兵が立っている。先任仕官のバナバスである。バナバスはエドウィンが衛兵になりたてのころの指導教官でもあり、騎士団に入団して以来最も頭の上がらない相手だった。
「バナバス先輩でしたか。失礼いたしました!」
起立して衛兵式の敬礼をとるエドウィンにバナバスはあごをしゃくって用意を促した。
―最近ついてないな。この前はロージーに振り回されて、任務じゃバナバス先輩にしごかれる。
バナバスとともに詰所を出たエドウィンは今夜の巡回ルートを確認した。鍛冶屋通りを通って軍神前広場を抜けて冒険者ギルドの窓口のある酒場にいくつか立ち寄り、王城前を通って詰所前で解散。二刻ほどの短い巡回だが、夜番は危険も多く気の抜けない任務だ。
「行くぞ。」
いかめしい面をして周りに睨みを利かせて街中をバナバスと一緒に練り歩く。普段は人通りが多く自由民たちが大いににぎわいを見せている鍛冶屋通りも、夜中は酔客や物乞い、あるいはたむろした冒険者達で昼間とは違った顔を見せている。
「ふざけるな!!取り分は半々だって言っただろうが!」
「へっ。もう競売に賭けちまった。甘かったな。死体からはぎ取るときに俺に渡したのが悪いんだよ」
2人の冒険者らしい男が激しく言い争っている。どうやら冒険の分け前についてもめているようだ。2人ともどう見てもケチな物取りか盗掘屋という風情の男だ。
「ゆるせねえ・・・」
盗賊風の男が顔を真っ赤にして懐からダガーを抜く。
「お?やるってのかい?おい、衛兵さんよ、ここに捕まえられたいってやつがいるぞ!」
もう一人の戦士風の男がエドウィン達を見咎めて、通りの向こうから声をかけた。ダガーを引き抜いた男はあわてて懐に武器をしまう。
「先輩」
エドウィンは詰所に連行すべきか、バナバスに同意を求めた。
「・・・ほっておけ。小物だ」
エドウィン達が何もしないのを確認すると、戦士風の男はにやついて戦小手の付いた手で盗賊風の男を殴り飛ばした。そのまま二人でもつれ合って路地に転がり込むように消えていく。
「エド、俺たちの任務は重犯罪者の捕縛だ。あいつらは何をやろうと関係ない。かかわるな。」
ですが、と返答しようとしてエドウィンは口をつぐんだ。衛兵はディメント王国から重犯罪者の捕縛をもって街の治安を維持するために組織された騎士団である。街のならず者程度の軽犯罪者の捕縛や確保は任務と給料の裡には入っていない。
いかめしい顔をして、街をゾロ歩き、捕まえるのは自分ではない誰かが悪いと決めつけた相手だけ。
―汝はディメント国国王の威光を以てその治世を脅かすものの手から王国を守ることを誓うか?
ディメント騎士団に入団の歳、ディメント国王の代理のクオパティの大司教から肩に剣をあてられて誓った騎士の誓言を思い出す。
―弱者を守り、強者を阻み、民の敵をくじく正義の槍となることを誓うか?
『はい、誓います。』
路地から男の悲痛な叫び声が聞こえる。犯罪者同士の刃傷沙汰は捕縛の対象外だ。どこかの弱者が強者に踏みつぶされたその声を聴きながら、二人の衛兵は街の巡回を続けた。
「それじゃあお前は酒場を巡回しろ。半刻後に合流だ。」
「…はい」
「さっきのことは気にするな、エド」
ごつごつした大きい手でがっしと肩をたたかれて、バナバスと別れた後エドウィンは酒場に入っていく。
酒場の中はこんな時間だというのに宵っ張りの冒険者達でごった返していた。誰もが最近発見された新しいダンジョンの話で盛り上がっている。どこどこに出没するモンスターが持っている宝箱から逸品の魔法の槍が手に入っただの、どこどこの階層に潜むモンスターは戦士の修行に持ってこいだの、ものすごい腕前の侍を見ただの。彼らの話題は尽きせぬハック&スラッシュの事ばかりである。
―あいも変わらず、いけ好かない奴らだ。
冒険者、冒険者、冒険者。街のクオパティの寺子屋の子供達に聞いてみたらいい。『ディメント王国の主要な輸出品は何ですか?』と『麦と魚介類です』と賢い子は答えるだろう。しかし組で一番賢い子はこう付け加えるはずだ『それに加えて、武具と労働力としての冒険者です』と。
ディメント王国の主産業は冒険者の輸出であるといわれるほどこの国には冒険者が多かった。それは国土に多く点在する冒険地と呼ばれるダンジョンや未開の地が多いことと、王国自身が冒険者ギルドを厚く保護し、この国で冒険をする者に様々な恩恵を与えて奨励し続けていることが理由である。
ディメント王国はほかの大国、ハーサント連邦やクオパティ法制院に比べて古い体質の国だ。冒険者が増えるというのは王国のあずかり知らぬ戦力が国内に吹きだまるということであり、国王からしてみれば通常あまり喜ばしいことではないはずだ。にもかかわらずこのディメント王国は世界一の冒険者の巣窟になっている。何のことはない、ディメント王国は疲弊しているのだ。
自分たちが禄高を保障する騎士団や戦士団だけで解決できないさまざまな問題を抱えたディメント王国は本来不逞の輩である冒険者の力を借りることにした。それに伴い治安の悪化、冒険者同士のいさかいは後を絶たなくなった。まだ救われているのが冒険者たちが冒険地とダンジョンを巡った末に手に入れる財宝にしか興味がない点である。冒険地やダンジョンの数はそのままディメント王国の財産であって、それを冒険者が掘りつくしてしまったとき、その鍛えられた槍先と魔法の技が誰に向くかは一目瞭然だった。
衛兵として、ディメント騎士団の正式な一員として最も警戒しておかねばならなかったのは、数を得て力を増した冒険者たちの国家に対する一斉反抗なのである。
『それについては妙案がありますぞ』
そういったドワーフのディメント王国の魔法局の支局長の顔を、エドウィンは思い出していた。確かイルファーロの駐在局長だったか。彼はディメント王国の要請する様々な任務を冒険者に解決させるために、魅力的な餌をぶら下げたのだ。すなわち将来的な騎士への取り立てと、冒険者を始めるためにかかる税金の免除である。つまり基本無料だ。この響きに心躍らない冒険者がいるだろうか。
エドウィンが何気なく店内を見渡すと、ある一組の冒険者たちがテーブルの上にはかりを乗せて金貨の真贋を判定しながらああだこうだ言い合っていた。
―にわか冒険者だな。そんなもの見て一目でわからないのか、それは偽貴族コインだ。裏面の侯爵像の持っている錫杖の形が違うだろうが。
かつて、ロージーとともに廻った数々の冒険地で冒険者の真似をしていたエドウィンにはその偽コインがすぐ分かった。むずむずと自分の中で冒険者の血が騒ぐのを自覚する。
―あいつ、冒険者として生きる気かな。無鉄砲な奴だが、1人で大丈夫だろうか。もう二週間も何も言ってこないなんて・・・ロージーの奴。
ふと、冒険者の真似事をやめられない真っ赤な頬のハーフエルフの事を心配している自分に気が付き、あわててかぶりを振るエドウィンの耳に聞きなれた単語が飛び込んできた。
「だから、出会ったんだよ。『アルグニッツ冒険隊』の奴にさ」
―なんだって?
ざわつく酒場の店内で耳ざとくその単語を聞きとがめたエドウィンは、巡回する振りをしてそう言った男のいるテーブルに近づき、会話に耳をそばだてた。
「エルフか?ハーフエルフかなんかだったな。魔術師で、俺たちの任務に入ってきやがったんだ。まあ頭数が足りてなかったから一緒に仕事をしたんだがな」
―間違いない、ロージーのことだ。あいつ本当に冒険団として冒険者ギルドに登録したのか?冒険者として生きるつもりか?莫迦な。
屈強そうなベテランの戦士風情の男が麦酒をあおりながら話を続けている。
「まあ、腕は悪くなかったかな。あの若さにしちゃなかなかだ。しっかしどうしようもない地雷野郎だったよ。隊のほかの相手には歩調を合わせねえ、独断専行で何度隊が全滅しかかったか知れたものじゃない。」
戦士の仲間であろう、僧侶崩れの女冒険者が合いの手を入れた。
「おまけにことあるごとに『アルグニッツ冒険隊』ではどうだったこうだった・・・アタシらからしてみれば自慢にもならない話ばっかりさ」
「それで、こっちも下手にでてな…へえ、旦那、そりゃ大したもんでござんすね。ところでその『アルグニッツ冒険隊』ってのはいったい何人で?さぞや大きくて名のある冒険団に違いねえって聞いてみたんだよ」
もうおかしくて堪えきれないといった風で男は続ける。
「そ、そしたら奴さん。なんて言ったと思う?『ぼくひとりだ』って・・・ひ、ひ、ひ。あの餓鬼、間抜け面でのうのうとそう言いやがる。俺らはもうもうぶっ飛ぶほど笑い転げたかったのを必死で我慢して・・・」
「よく聞こえなかった、なんだって?」
いきなり声をかけられて話の腰を折られた男は、麦酒の泡で口の周りに髭を作りながら不愛想に振り返った。
「なんだ、よく聞いとけ。一番面白いところなんだからよ。だから俺はぶっ飛ぶほど・・・」
そういい終わらせないうちに、エドウィンの鉄拳がその男の顔面に叩き込まれた。男はもんどりうって椅子ごと隣のテーブルまで吹っ飛んで、いましがた飲んだ麦酒なのかなんなのかを噴水のように噴出して昏倒した。
荒くれ者でざわついていた店内が一瞬で静まり返る。
「ぶっ飛ぶほど…なんだって?ここに『アルグニッツ冒険隊』のメンバーがいるぜ。」
「野郎!!」
「乱闘だ!」
「ちきしょうやっちまえ!!」
「ひゃっはーお祭りだー」
「衛兵―!!衛兵―!!」
「俺が衛兵だ!!かかってこい!!」
エドウィンは衛兵のマントと兜をかなぐり捨て、テーブルを蹴飛ばして男の仲間たちと盛大な殴り合いに突入した。衛兵勤めで鍛えに鍛えた腕力は歴戦の冒険者達に引けを取らない。瞬く間に二人を拳で制圧し、ドワーフの戦士に反撃を食らいながらもそのどっしりとした腹につま先をめり込ませる。
横合いから殴りかかってきた僧侶女の戦棍を避けたところまでは覚えているが、あとは数十人の冒険者ともみくちゃになりながら殴り合った。もう何が何だかわからない。だれかの上に馬乗りになって殴り殴られ続けていると、目の前にぬっと大きな影が現れた。
「冒険者め。」
その人影は大きく槍を振りかぶるり、エドウィンの頭上に石突き気味に振り下ろした。衛兵失格の男は、仮眠室で見た夢の続きを見れるような気がして、心地よい気持ちのまま気を失った。
次回【魔術師】はこちら
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